努力の仕方を工夫したから、ハンサムショートで突き抜けられた -iki /代表TENDOさん U29次世代美容師-

50万円借金して、働き先のアテもないのに渋谷で家探し

 

 

美容専門学校卒業後は、大阪の梅田にある美容室に就職しました。技術力があるコンサバティブなサロンで、今振り返るととてもいい環境だったのですが、当時は「自分のノリと少し違うな、でも、あわせていけないとダメかな」と感じていました。同期の中で技術を覚えるのは早いほうだったのですが、「ブローをさせたら上手いけど、扱いづらいヤツ」みたいなアシスタントだったと思います。

 

大阪にも技術力があって尊敬する美容師さんはいましたが、全国的に有名な美容師さんはいませんでした。僕はとにかく有名になりたかったので、大阪にいるのは違うのかなと。

 

そのころ、今のSHACHUのKOUSEIさんと交流がありました。KOUSEIさんがまだ大阪で働いていたころ、よく一緒にクラブで遊んでいたんです。そして、KOUSEIさんは東京に行った2年後、めちゃくちゃ有名になっていた。「これは東京に行かなきゃダメやな」と思って、休みの日に東京に行ったんです。カードで50万円借金して、家を探そうと思って

 

 

「これがあのハチ公か…」なんて思いながら初めて一人で渋谷を歩いて、目についた不動産屋に入りました。まだ働く場所も決まっていないのに「渋谷で働きたい」と要望を伝えると三軒茶屋の家を紹介してくれました。内見もせずにそこに住むと決めて、大阪に戻ってサロンを辞めることを伝えたんです。

 

東京に出てきたものの、50万円の資金も残り20万円しかない状態で、働き先が決まっていませんでした。そんなとき、渋谷にオープンして半年にも関わらず、外国人カラーで人気のBelezaを知り、気になる美容師さんを指名して髪を切りに行ったんです。カウンセリングのときに「雇ってください」と言ったので、「ヤバいヤツが来たな」って思われたかもしれません(笑)。

 

3カ月で360人のショートカットを撮り溜めて、Instagramにアップ

 

 

アシスタントからスタートし半年でデビューしたものの、お客さまはいませんでした。有名になるためには売上を伸ばすしかないから、自分なりに戦略を考えたんです。当時は外国人風のヘアが飽和状態に見えたので、人とは違うことをしようと思いました。

 

そして、変化を求めている女性向けのミディアムかショートに狙いを定めました。ちょうど長澤まさみさんがショートにしていたタイミングだったこともあり「これはショートだな」と確信。それから毎日渋谷でモデハンして、月120人のモデルさんをショートにして作品撮りをしました。それを3ヶ月続けて、360人分のショートの作品を一気にドカン! とInstagramにアップしたんです。

 

 

女性らしい丸みのあるショートも素敵ですが、僕はカッコいいショートを提案したいと思っていました。名付けて「ハンサムショート」。今でこそハンサムショートのタグが増えていると思いますが、発案者はおそらく僕だと思っています。

 

イケメンショートかハンサムショートか迷ったのですが、女性の場合はハンサムかなと。僕がつくる「やや前下がりで、シャープで、軽さのあるスタイル」を新しいと思っていただけたのか、順調にフォロワーが増えていきました。ちなみに、ハンサムショートのタグはいろんな方が使っているので、なかなか自分発信だと言いづらいな…と思っています(笑)。

 

>ウィッグを切るときも徹底的にイメージを膨らませて、必ずかわいくする

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