「断るつもりだった」NOVANへの参加が、人生の転機だった 自分らしい働き方を模索する、小仲美穂さん─天職WOMAN─

 

都内大型サロンで7年間のキャリアを積んだのち、フリーランスへ転身した小仲美穂(こなかみほ)さん。アシスタント1年目からモデル入客で技術を磨き、独自の戦略でスタイリストデビューを果たしました。デビュー直後は、1時間に4枠を担当するハードなサロンワークを経験。しかし体調を崩し、「この働き方を一生続けるのは難しい」と感じたことをきっかけに、フリーランスの道を選択します。

現在は表参道のサロン『NOVAN(ノーヴァン)』を拠点に、自分らしいワークライフバランスを確立しているそう。美容師という枠にとらわれず、次のステージも見据える小仲さんに、これまでのキャリアと仕事への向き合い方を伺いました。

 


 

アシスタント1年目から稼げる環境で育ち、経験を積んだ

 

 

地元・秋田の美容専門学校に通っている頃から、上京することは決めていました。表参道に入りたいサロンがあったのですが、当時は新卒採用をしていなくて…。一度そのサロンは諦めて、他を探し始めたんです。そんな時、雑誌で、“売上トップの女性美容師”の記事を読み、その方が在籍する都内大型サロンに入社しました。

 

吉祥寺や立川など、東京郊外を中心に展開しているサロンで、アシスタント1年目から営業中にモデルさんを入客できる制度がありました。そして、忙しい中でも必ずスタイリストが施術を見てくれて、「ここはこうした方がいいよ」とアドバイスをくれるんですよ。早くから実践経験を積めたことは、本当に大きかったですね。モデル入客できる分、アシスタント時代からお給料も比較的高めだったので、その点も助かりました。

 

 

当時は、まだ街でモデルハントをするのが主流。4時間歩き回ることもありましたが、辛かったという記憶はあまりないですね。努力家ばかりの同期から、常にいい刺激をもらっていたおかげだと思います。

 

デビューしたのは4年目です。前社は、メイクや着付け、ヘアセットなど様々な項目の試験があり、とくに日本髪には苦戦しました。本気で練習すればもっと早くデビューできたかもしれませんが、当時はスタイリストになることで責任が生じる不安や、「苦手な技術の練習に時間を割くより、モデルさんを入れて売上を上げたい」という気持ちが強くて。だからジュニアスタイリストのままでいいと、試験を保留にしていたんです…(笑)。最終的には、先輩たちに背中を押され最後の試験を受けることになり、一発合格でスタイリストになりました。

 

スタイリスト1年目、体に起きた異変

 

 

積極的にモデル入客をしていたのでデビュー前からお客さまには恵まれていましたが、スタイリストになってからのサロンワークは正直きつかったですね。

前社では、デビューしたてのスタイリストは優先的にフリーのお客さまに入客できたんです。ありがたい反面、デビュー間もない中で自分のお客さまに加えて、初めて指名のお客さま以外を担当することになり、毎回ドキドキでした。

 

会社の方針で1時間に4枠を担当していて、フリーも合わせると予約は常に埋まりっぱなし。お客さまを待たせてしまうことへの申し訳なさと緊張で、スタイリスト1年目のときに円形脱毛症ができてしまいました。忙しい日には夜中まで食事すら取れないことも多く、体力的にも精神的にもかなりハードだったんですよね。

 

 

体調も崩して、「この働き方を長く続けるのは難しいな」と感じましたが、不思議と「美容師を辞めたい」と思うことは一度もなかったんですよ。それはひとえに、人間関係に恵まれたからだと思います。先輩方ともとても仲が良かったですし、初めて付いてくれたアシスタント2人は、体調が悪いときも完璧なサポートをしてくれて。過酷な環境を乗り切れたのは、間違いなく彼女たちのおかげです。

 

スタイリスト2年目になり、指名が増えれば新規顧客は後輩に渡せるようになると気付いてからは、自分の顧客の獲得に注力するように。指名のお客さまが増えるにつれて、過度な緊張を感じる機会も減って、症状も次第に改善していきました。ですが、その経験から「自分に合った働き方がしたい」と強く思うようになりました。

 

>同僚の一言が、フリーランスへの扉を開いた

 

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