早く死にたいと思っていた16歳が、 「人のために生きたい」と思えるようになるまで Eye Universe代表 森越道大さんのコトダマ

 

第一線で活躍する美容師たちの人生を変えた「言葉」に迫る連載企画「美容師のコトダマ」。今回は、美容師としてのキャリアを軸に、経営やITの分野でも挑戦を続ける森越道大(もりこしみちひろ)さんが、人生の節目で出会った“忘れられない言葉”を語ります。16歳の頃は荒れた日々を送り、「早く死にたい」と本気で思っていた時期もあったという森越さん。人との関わりの中で生まれた気づきが、どのように今の生き方へとつながっていったのか。その原点に迫ります。

 


 

「ありがとう」が、人としての僕を変えた

 

 

今振り返ると、正直どうしようもない人間だったと思います。父親との関係は最悪で、ほとんど会話もなく、一緒にご飯を食べた記憶もあまりありません。尊敬という感情は、当時の僕には微塵もありませんでした。

 

16歳のとき、僕には二つの「夢」がありました。一つは親を裏切ること。もう一つは、早く死ぬこと。冗談でも反抗期の勢いでもなく、本気でそう思っていました。

 

そもそも僕は、中学2年生から一人暮らしを始め、環境は完全にアウトローでした。寮で暮らしながら、漁師の仕事をしたこともあります。喧嘩が日常の世界で、最後は血だらけになって現場を辞めました。当時は、人のために生きるとか、感謝される人生なんて、想像すらしていませんでした。

 

 

そんな僕が、美容師になりました。最初から美容が好きだったわけではありません。でも、美容室で働く中で、初めて経験したことがあります。お客さまから「ありがとう」と言われたことです。毎日のように、「ありがとう」「あなたにやってもらえてよかった」と声をかけてもらう。その積み重ねが、少しずつ、確実に僕を変えていきました。

 

人と関わることは怖いことじゃない。人の役に立つことは悪くない。「人のために生きる」という選択肢があってもいい。「早く死にたい」と本気で思っていた人間が、「人のために生きたい」と思えるようになる。この変化を生んだのは、間違いなく、美容師という仕事と、お客さまから言われ続けた「ありがとう」の力でした。

 

「夢を叶える人は、諦めなかった人だ」

 

 

22歳のとき、僕は上京し、GARDENに中途入社しました。当時のGARDENは今振り返っても、異常なほどの熱量と緊張感がありました。同期だけで40人近く。現場は気配りが常に求められ、叱られることも多く、決して楽な環境ではありませんでした。実際、先輩からは毎日のように「お前は向いてないから、辞めたほうがいい」と言われていました。

事実、アシスタントとしての僕は不器用でした。シャンプーもなかなか受からないし、パーマ剤の塗布もチェックに通らない。入社までに別のサロンで経験を積んできた分、やり方の違いを素直に受け入れられなかったんだと思います。

 

そんなある日、喫煙所で、河野悌己さん(現GARDEN CEO )という当時は雲の上の存在だった先輩と、たまたま話す機会がありました。僕は思わず、聞いてしまったんです。

「どうやったら、そんなふうになれるんですか?」

すると何気ない口調でこう言いました。

「夢を叶える人って、結局、諦めなかった人なんだよね。」

 


本人は、きっと深い意味もなく言ったのだと思います。でも、その言葉は、アシスタント時代の僕の中に、ずっと残りました。諦めなければ、まだ終わりじゃない。才能があるかどうかは、今は関係ない。今振り返ると、僕をここまで連れてきたのは、才能でも、センスでもありません。ただ一つ、諦めなかったこと。

 

「夢を叶える人は、諦めなかった人だ」

 

この言葉は、修業時代を生き抜くための僕にとっての大切なコトダマでした。

 

>「髪を切ることだけが、人を喜ばせることじゃない」

 

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