見掛け倒しのフェイクはいらない。リアルな技術だけを残したい。 MR.BROTHERS CUT CLUB 西森友弥のびよう道

 

待遇や休日が重視される時代だからこそ、美容人生のどこかに「心も体も美容でいっぱい」な時間があってもよいのではないでしょうか。「びよう道」は、地道な鍛錬を重ねてきた美容師が、修行時代や仕事への哲学を語る連載企画です。

 

16歳で地元・三重のヘアサロンに飛び込み、学校よりも現場を選んだ西森友弥(にしもりともや)さん。東京で勝負を挑むなか、値下げ競争が当たり前になった業界に疑問を抱き、職人としての気概を求めてバーバーの道へ。フェイクと揶揄されることがあっても、技術と覚悟を武器にMR.BROTHERS CUT CLUB(ミスターブラザーズカットクラブ)を築き上げてきました。

流行を追うより、長く残る価値を作ること。国内外で技術教育に力を注ぎながら、業界の未来を拓こうとする西森さんの「びよう道」を辿ります。

 


 

16歳から働き始めたサロンが学校の代わりだった

 

 

僕は三重で、16歳から働き始めました。地元のヘアサロンに頭を下げて、「働かせてください」って頼み込んだんです。正直、学校にはほとんど行ってなかったですね。勉強が嫌いだったというより、机に座ってるよりも、手を動かして覚えるほうが合ってた。早く職人の世界に入りたかった。

 

朝から晩までサロンにいて、できることは全部やりました。掃除も雑用も、言われる前に動く。中途半端な人間になりたくなくて、16歳なりに腹をくくってたんだと思います。

 

 

技術は一朝一夕で身につくものじゃないし、近道なんてない。職人の世界はそういうもんだと思ってた。だったら、誰よりも早く現場に入って、誰よりも長くそこにいるしかない。シンプルにそれしかないですよね。

 

今振り返ると、かなり無茶なスタートだったと思います。でも、あの頃に染みついた感覚はいまも変わらない。働くのは当たり前。技術は簡単には身につかない。誰かに言われたからじゃなくて、自分で選んで、この世界に入った。あの頃の気持ちは今も変わらないです。

 

何をやるかは決まっていなかったけど、覚悟だけ決まっていた

 

 

「東京で一旗あげたい」っていう気持ちをずっと持っていました。高校時代の仲間にも、よくそんな話をしてましたね。ただ、最初から「美容師」って決めてたわけじゃないんです。一旗あげるためのコンテンツは、正直なんでもよかった。髪を切る仕事じゃなくてもよかったと言えば、よかったんですよね。でも美容師をやるなら、そこは自分のポリシーとちゃんと一貫してなきゃ嫌だった。

 

流行に合わせて器用に立ち回るとか、無難にまとめるとか、そういうのは性に合わなかった。いわゆるコンサバな美容師には、絶対になりたくなかったんです。どうせやるなら尖っていたいし、職人として胸を張れる仕事がしたい。技術で勝負して、結果で黙らせる。そういう世界で生きたいと思ってました。

 

専門学校を卒業後は上京し、原宿の美容室で働き始めました。そこには当時、「メンズのカリスマ」と呼ばれていた美容師がいて、レベルの高い現場でした。メンズが強い店でしたけど、レディースのお客さんもいたから、普通にコンサバな女の子をつくったりもしていたんですよ。結構、お客さんもついていたし。

 

>技術がない職人なんてフェイクでしかない

 

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