SUNVALLEY 朝日光輝 美容師は資産なのに。【GENERATION】雑誌リクエストQJ2005年9月号より
こんなとこで、くすぶってられない

きっかけは、くやしさだった。同期に置いて行かれることが、何よりくやしかった。だが、朝日を本当に変えていくのは先輩たちであった。
「ぼく、けっこう影響されるタイプなんで、できる先輩ってやっぱ、見ちゃうじゃないですか。すごいなぁって」
筆頭が、宮村浩気(現・afloat)だった。
「宮村さんはすごい売れっ子で、モデルさんとかもたくさんやってて、わぁ~すごい人だなって思って。で、スタイリストなりたてのカッコイイ萬さんがいたり。さらにトシさんとかもすごい雰囲気があって。そんな先輩たちがいて、うわ~カッコイイなぁって思って、みんなすごいなぁと思って」
自分もいつか先輩たちのようになりたい。輝きたい。
朝日のように光り輝く。
彼は生まれたときから、輝くことを求められていた。だけど、どうやって輝けるんだ。輝けばいいんだ。シャンプーさえも合格できないオレが、どうやって。
お手本が現れた。井上マサユキ。現在、『HAIR DIMENSION』PartIVの店長。
当時アシスタントだった井上は、けっして目立つ存在ではなかった。ところが彼女にふられて一念発起。猛然と勉強を始めたのだ。するとみるみるうちに急成長。アシスタント全員を抜き去り、だれよりも早くスタイリストデビューを果たしたのである。
「これだよな、って。すごいカッコイイ。美容のすごさを教わりました。練習して、うまくなれば、みんな抜いていっちゃうんだ。これが美容のすごいところなんだ」
朝日にも火がついた。こんなとこでくすぶってられない。
シャンプーに合格したのは10月だった。次はワインディング。そこでもつまずいた。
さぁ、練習だ。同期も一緒に練習する。夜、四谷店のシャッターをきっちり閉めて、光がもれないようにして、みんなで残って練習した。また四谷店から歩いて3分のアパートに引っ越していた彼は、朝も早く来て練習した。でも練習する姿はなるべく人に見られたくない。なにしろ自分は天才タイプなんだから。
『HAIR DIMENSION』のシステムは、細かいチェック項目をクリアするとひとつずつ項目を塗りつぶしていくことになっていた。それがまた楽しかった。塗りつぶすたびに、自分が成長していることが確認できる。次の目標が明確にわかる。
とにかく早くデビューしたい。一人前になりたい。ようやくエネルギーの方向が美容一本へと絞られていく。同時にダンスへの興味は次第に薄れていった。
「それよりも美容のほうが楽しくなってきちゃって」
彼が道を踏み外さなかったのは、美容に過度な期待や憧れを抱いていなかったから、ではないだろうか。期待していなかっただけに、ゼロからおもしろさや楽しさを発見することができた。やればやるほど楽しくなる。できるようになれば、さらに楽しい。自らがステップアップしていくプロセスが実感できる。それも美容という仕事の楽しさだった。
ベルトコンベアってどうなの
ワインディングには、さすがに苦労したものの合格。次はブロー。ここから朝日の快進撃が始まる。なにしろプロー歴は7年以上。毎日、自分の頭で練習してきた。つまり蓄積してきた経験と回数は、だれよりも多かった。
ウイッグブローは全然簡単。人頭だって余裕で完璧。だから当然、猛チャージ。スタイリストデビューは同期で最初。3人が同時にデビューした。
「カットも意外とイケたんですよ。先輩が切ってる姿をつねに見てましたから。オレもああいう風に切りたいな、って。じっと見つづけてましたから」
切り方のカッコイイ先輩を見つけると、朝日の目は釘付けになる。しっかり見て、覚えて、やってみる。イメージはある。あとはその通りにできるまで、ハサミを動かしつづけるだけだ。
「先輩からハサミをもらったら、もううれしくてね。いつも動かしてました。家帰ってもハサミ振ってたし」
なんでも切った。落ちてる毛を見つけると切ったし、フロアでも掃除する前に長い毛を見つけると、ほうきよりもハサミだった。
楽しかった。髪を切る感触が好きだった。切る時の音が、好きだった。そして先輩たちの繊細な指の動きに憧れた。
デビューは23歳になる年の秋だった。
当初はお客さんを自分で呼んでくる。それが『HAIR DIMENSION』のしきたりだった。目標は月に30人。朝日は友だちが多かった。だから36人。同期のトップだった。
もともとデビュー前から、友だちを呼んではモデルカットをしていた。一度に3人も呼んで、後輩に手伝ってもらいながら忙しくモデルカットしたこともある。その友だちでデビューすることになるので、まったく違和感はなかった。
だが、初めてのフリー客には手が震えた。
「だって、どういう人かわからないのに、いきなりその人の髪切るわけじゃないですか。友だちだったら失敗しても、あ~ごめん、あはは、とか言えるけど。言えないじゃないですか。だからすごい緊張しましたよ。手も震えたし、得意なスタイル言ってくれたらいいけど、得意じゃないのを言われたらどうしようとかね」
デビューは四谷店だった。その1年前、先輩たちは青山進出を果たしていた。
朝日も、交代でアシスタントとして出向いた。だからスタート時の苦労も知っている。どうやって売れる美容室にのし上がっていったのか。その過程も体験していた。
最初は「なんで青山なんだろう」と思っていた。
「原宿ならわかるけど。青山ってどこ?」
だが、アシスタントとして青山に通ううちに、その魅力は十分に伝わってきた。知れば知るほど青山が好きになっていく。先輩たちが1年かけて会社を説得した気持ちもわかった。なのに朝日のデビューは四谷だった。
青山店の先輩から誘われても結局、朝日は半年間、四谷店でスタイリストをつづけた。
彼は迷っていた。半年でお客さんもついてくれた。四谷の、比較的のんびりした雰囲気も好きだった。青山に行ったら果たしてお客さんはついてきてくれるだろうか。あの青山のスピードに、自分はついていけるのだろうか。四谷だからこそじっくりと切れた。時間をかけられた。青山の、たとえば宮村さんは一時間に4人も5人もまわしていく。そのアシスタントをしながら、朝日は思っていたのだ。
「これでいいんだろうか」
まるでベルトコンベアだった。美容師は一から十までやるものじゃないのか。お客さんはそれで満足してるのか。いくら疑問に思っても、お客さんは次から次へとやってきた。それがわからなかった。
だけど、決めた。チャレンジする。やってみよう。やってみなきゃわからない。
朝日は決断した。