二十歳の頃、どう過ごしてた? Behöv 倉田聡子さんの二十歳の頃。
─今でも覚えている失敗や、つまずいた経験はありますか?
そんなの、いっぱいありますよ…! 本当にダメなアシスタントだったので、怒られたことなんか数えきれないくらいあるんですけど…2年目の頃、先輩に胸ぐらを掴んで怒られたのは忘れられないですね(苦笑)。
─胸ぐらを掴まれて…!?
たしか、当時7年目くらいのスタイリストのお客さまが、パーマのかけ直しでいらっしゃったとき。私と何人かがサポートで入ったんですけど、本来担当するはずの先輩はずっと裏にいて、何分置くのかとか、いつ流すのかとか、指示も全部こちらから聞きにいかないと教えてくれなかったんです。
かけ直しってことは、前回の施術があまり上手くいかなかったってことじゃないですか。それなのに、自分の目で見ないのが理解できなくて…私、本人に直接言ったんですよ。「パーマのかけ直しなのに、なんで自分で見ないんですか?」って。間違ったことは言ってないけど、先輩相手にありえないですよね(笑)。

あまりに真っ直ぐすぎるし、言い方ってものがあるだろうと今なら思うんですけど、当時は我慢できなかったんでしょうね。その結果、先輩もカチンと来たらしくて、思いっきり怒られました。
そのあと、泣きながらフロアに出たら先輩たちが笑っていて。と言っても、意地悪で笑ってたわけじゃなくて、「あらら、泣いちゃった。かわいいな〜」って感じの笑いだったんですけど。それも腹立たしかったし、「超悔しい!」と思ってポロポロ泣きながらシャンプーしてました。
─怒られて落ち込むよりも、悔しさが勝るタイプでしたか?
そう! だから、「機嫌悪いよね」「もっと元気にできないの?」ってことは先輩方からよく言われてました。でも、実はそれ、スタイリストになってから私が後輩によく言うようになったことなんですよ。だから、先輩方の言っていたことは正しかったんだと身に染みて感じるし、アシスタント時代の私はとんでもないポンコツだったんだと思います。
─仕事が嫌になったり、辞めたいと思うことはありませんでしたか?
怒られて悔しい思いをしたり、初めての社会人生活に疲れてヘトヘトになることはありましたが、辞めたいと思うことはありませんでした。私の意志が強かったというよりも、周りの先輩たちが素敵な方ばかりだったからだと思います。当時の先輩方はみなさん独立して今でも活躍されていますし、10年以上も会っていないのにBehövのオープンでお花を送ってくださったり。そこにいたときはあまり気付けなかったのですが、今になって、すごく恵まれた環境で、美容師としてのスタートが切れたんだなと思いますね。

─当時、楽しいと思っていたことは何でしたか?
毎日に必死で…。楽しかったことって何だろう。強いていうなら、頑張っている同級生たちの話を聞くことかな。さっきもお話したように、モデルハントに行くと絶対に誰かに会えるんですよ。そこで「うちら頑張ってるよね」って励ましあったりして、そういう時間が心の支えでしたね。
それこそ、私が1社目を辞めて、表参道で働きたいと思ったのはその時間があったからなんです。中心地で働いている同級生たちが撮影の話をしていたり、「今度取材を受けるんだよね」なんて話をしている時に、私だけ入れなかったんですよ。表参道から三軒茶屋って、たった3駅離れてるだけなのに、世界が違うように感じて。表参道・原宿のエリアはやっぱりいいな、挑戦したいなという思いが芽生えたんです。そういう時間はすごく刺激になっていたし、楽しみではありましたね。
─今振り返ってみて、あの頃、もっとこうしておけばよかったと思うことはありますか?
たぶん私はすごく運が良くて、これまでの人生を振り返ってみても、こうしておけば良かったなと思うことはほとんどないんです。それは、出会ってきた人や、その人に出会うタイミングがすべて今につながっていると思えるから。「あれはあれで良かったし、必要なこと・期間だった」と解釈できているんです。そう思える自分は、本当に恵まれていると思います。
二十歳のみんなへ

私たちはよく昔の話をしてしまうけど、今の時代の子たちには、その子たちが生きている環境の中での大変さがあるじゃないですか。だから、私たちは大変だった、今は楽、って話じゃないと思うんですよね。つい、そういう話をしてしまいますけど(苦笑)。
その子たちなりの今があるから、自分の思うように、好きに頑張ったらいいんじゃないかなと思っています。誰かと比べるのではなく、自分がやりたいように進む。そうして、振り返ったときに「いい人生になったな」と思えたらOKだと思うので、自分のペースで前を見て進んでほしいです。
★Extra Contents
お金がないアシスタント時代、よく食べていたものは…?

(文/リクエストQJ編集部 撮影/菊池麻美)
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