「苦しそうでも、ワクワクする方へ」MUKU石原萌さんが歩んできた10年と、これからの指針 ─天職WOMAN─

 

ボブスタイルを武器に、有名サロンで10年のキャリアを築いてきた石原萌(いしはらもえ)さん。悩み、模索しながらも自分らしい道を見つけ、2025年1月からは「MUKU」(ムク)のオープニングスタッフとして新たなスタートを切りました。

現在、彼女が新天地で挑んでいるのは、後進の美容師たちのサポート。前に進むことを諦めず、迷いや葛藤と向き合ってきた彼女のひたむきな姿は、これからの女性美容師さんたちにとって、きっと心強い存在になるはずです。

 


 

「もっとお客様と関わる時間を増やしたい!」感情だけが先走っていた自分を見抜いた母の言葉

 

 

専門学生で就職活動をしているときは、ヘアメイクの仕事がしたいと思っていました。それなら東京に行った方がいいのかなと思ったのですが、出身が神戸なので東京のサロンを全く知らず…。ちょうど開催されていた東京ガールズコレクションを見ていたら、そこで名前が出たヘアサロンが前社でした。2回名前が出てきたので、気になって実際に施術を受けに行くことに。サロンに行ってみると「ここしかない」と感じ、他は受けずに前社一本で就活をしました。ご縁がなければ地元に近い神戸で働こうと思っていましたが、ありがたいことに内定をいただき、東京での生活が始まりました。

ヘアメイクの仕事をするにも、まずは美容師として一人前になるところからだと考えていたので、アシスタント期間は苦じゃなかったですし、練習も好きで、ほとんど悩みなく過ごしていましたね。

 

 

辞めたいと思ったのは、一年目の頃の一度だけ。まだカラーやシャンプーのチェックにも受かっていなかったので出来ることが少なく、サロンで掃除をすることが多かったんですよね。そんな日々の中で『自分が目指していた美容師像との違い』を感じてしまい、辞めることを考えました。

思い立ったら立ち止まれないタイプなので、すぐに母に連絡して「辞めるね」と言ったのですが、返ってきたのは、「自分の好きにしたらいいけど、あなたは辞めないと思うよ」という答え。その後先輩にも相談したところ、「ひとまず1週間続けてみて、それでも辞めたかったら考えたら?」とアドバイスをもらいました。

言われた通り1週間働いてみたら、「辞めたい」って思っていたことはすっかり忘れていて(笑)。焦って答えを出すのではなく考える時間をくれた先輩もすごいですし、母に対しても「お見通しなんだな」と感じました。きっと、心底つらいとかではなくて、その場の感情だけで言っていることが見破られていたんですよね。

 

自分の好きを改めて発見し、今に繋がる基盤になった瞬間

 

 

スタイリストデビューは3年3カ月目、24歳を迎える少し前のことでした。同期の中では2番目だったと思います。特に「早くデビューしたい!」と意気込んでいたわけではなかったのですが、気づけばスタイストデビューが目前に迫っていました。

 

デビューしたのは銀座の店舗。先輩から「銀座という土地柄だから、コンサバなスタイルが合うんじゃないか」とアドバイスをいただき、1年ほどミディアムレイヤーを打ち出していたんです。「まずは素直にやってみよう」という性格なので何事も挑戦はしてみるのですが、デビュー後の集客はなかなか軌道に乗らずに苦しい時期が続きました。

試行錯誤を続ける中で、ある時「自分の好きなものを発信してみたい」と思い、ずっとロングだった自分の髪を思い切ってボブに。打ち出しもずっと好きだったボブのスタイルにしてみることにしたんです。そう決めたら、不思議と気持ちが前向きになって、スタイル作りがどんどん楽しくなっていきました。ミディアムやコンサバなレイヤースタイルを経たことで、自分らしい雰囲気や好みのスタイルがより明確にわかったのだと思います。

 

 

その頃はブログや集客サイトを使ってお客さまを呼んでいたのですが、それを見てくれている方たちの反応もよかったですし、自分の色がわかってきたんですよね。やっぱり自分が「かわいい」と思えるものを突き詰めた方が、ずっと楽しいんだなと。作ったスタイルが支持を頂きSNSのフォロワー数が初めてぐんと伸びたのも、ボブのスタイルがきっかけでした。

美容師の道を志した時に目標にしていたヘアメイクの仕事に関しても、先輩の撮影に同行するようになり、その楽しさや難しさに触れることが出来ました。その中で、私は美容師としてサロンワークを中心に仕事をやっていきたいと考えるようになったんです。

 

>3回の店鋪異動で、売上を立て直すことに思い悩んだ過去も。

 

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