過去5年で最高の瞬間なんてない。毎日、過去最高を更新しているから! 「あの人に会いたい」美容師×美容師の化学反応 第1回SHACHUみやちのりよしさん×MORIYOSHIさん(前編)

2019.05.09

 

美容師同士だから語れることがある。美容師だから分かり合えることがある。しかしながら、話したい美容師さんはいるけれど、売れっ子ともなると忙しくてゆっくり話す機会がないという人も多いのでは? そこでQJナビデイリー編集部が、美容師さんが好きなテーマで語り合う対談の機会をつくりました。第一回はSHACHUみやちのりよしさん×MORIYOSHIさん。一緒にSHACHUを立ち上げた二人です。決して優等生でなかったという二人が5年間で大人気サロンSHACHUを作り上げるまでの軌跡を語り合ってもらいました。対談は前後編の2回。今回は前編です。

 


 

二人の出会いのきっかけは「モデルハント」

 

みやち:もともとはモデハン仲間みたいな感じで、同じコミュニティにいたんだよね。ときどきクラブで遊んだり、飲みに行ったりしていて。俺は最初SHACHUを一人でやるつもりだったけど、MORIYOSHIくんには軽く「サロン出そうと思っているんだ」という話をしていた。そのときにMORIYOSHIくんが働いている環境がよくなさそうだったから、「その環境はよくないかもね」みたいなアドバイスもしたんだよね。そしたら、その1週間後くらいにMORIYOSHIくんがサロンを辞めてしまっていて(笑)。「ええっ!」と思ったけれど、もし二人でサロンをはじめるならMORIYOSHIくんがいいかなって思った。

 

MORIYOSHI:同じサロンで働いていたこともあるんだよね。

 

みやち:でも、新卒で入って3分くらいで辞めたでしょ? 俺、後輩のこと大体覚えているけれど、MORIYOSHIくんの記憶は全くないから。

 

MORIYOSHI:僕は覚えてるよ。新人歓迎会でもみやちは目立ってた。

 

みやち:後輩の意識があるなら「さん」付けしろよ(笑)。

 

 

MORIYOSHI:実際にはみやちと同じサロンを3カ月くらいでやめて、写真美術館で働いたり、フラワーショップで働いたり、ふらふらしてたんだよね。20代は本当に好きなことしかしてこなかった。

 

みやち:俺も有名サロンにいたけど、あまり売れてなかった。MORIYOSHIくんもふらふらしていたから売れていない。そんな二人がやるサロンだから、上手くいくわけがないと周りには思われていたよね。

 

MORIYOSHI:本当に遊びまくっていたからね。僕はゆるい生き物だった。

 

みやち:借金してサロンを出すわけだから命がけじゃん。なのに俺は自由奔放なMORIYOSHIくんというカードをあえて引いた。そして、今一緒に「秒速で進化」とか言っている。ギャップがすごいよね。

 

最初は「二人だし、ゆるくやろうよ」と言っていた

 

 

MORIYOSHI:みやちはSHACHUを出す前、「二人だし、ゆるくやろうよ」みたいに言っていた。だけど、一番を取りに行くみやちの性格からして絶対にそんなことはありえない。事実、全然、ゆったりではなかったし。

 

みやち:俺は最初から気合入れて休みの日も撮影入れてたりしてたんだけど、MORIYOSHIくんは「普通に休日は休みたい」って言っていた。こっちは1000万円借金して必死だったし、お客さんもいないから 「こんな状況なのに、MORIYOSHIくんのテンション低すぎてヤバい!」と思ってたよ。

 

でも、今誰よりも撮影やっているのはMORIYOSHIくんだからね。だんだん休みの日もサロンに出てくるようになって撮影しているから「どうしたの?」って聞いたら、「昼間の自然光のほうが、カラーがよく見えるから、昼間に撮りたいと思って」とか言っちゃって。結局、俺とMORIYOSHIくんは一番休まない二人になった。

 

MORIYOSHI:好きでやっているから、あんまり仕事っていう感覚がないんだよね。楽しいからやっているだけで。子どものときの遊びの延長みたいな。大人だとそれが仕事になるからいいよね。とにかく、僕は本当にゆるいだけの人だったけど、みやちが僕の足りないところを補うきっかけをくれた。だから、みやちとの出会いは僕のターニングポイントだね。

 

みやち:二人とも売れてなくてヤバかったけれど、それがうまく嚙み合ったところはあるよね。たとえば、接客やカラーの考え方は、MORIYOSHIくんの影響が大きい。今、SHACHUはファミリー感のある接客をしているけれど、俺が前に勤めていたサロンはきちっとしたマニュアルがあったし、システマチックな部分も結構あった。

 

ヘアデザインに関して言えば、MORIYOSHIくんは前サロンでは見られない型破りなものをつくっていた。ユニコーンカラーなんかがまさにそれ。それを人に教えるために落とし込んでいくところは僕がやったんだけれど。カラーやそのほかの商材を自分たちで買いに行くのも新鮮だった。ドン・キホーテで買ったカラー剤を試してみたりもしたよね。

 

MORIYOSHI:ハイライトもホワイトカラーもグレージュも、どこよりも早くやってきた。けれど僕はそれを感覚でやっていた。それをみやちが下の子にも教えられるように落とし込んでくれる。お互いの得意なところを活かしあっている感覚はあるよ。

 

>二人で月間売上100万円!? 資金ショート寸前からの飛躍

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