石の上にも3年? いや、40年。Double 山下浩二が語る、“二流が消える時代”の選択-soucutsの庭Vol.2-

 

プレイヤーとして、クリエイターとして、そして経営者として。美容業界の第一線で、長年にわたり八面六臂の活躍を続けるLECO代表・内田聡一郎(うちだそういちろう)さん。業界内外のさまざまな人と対話を重ねながら、美容業界全体を横断的につなぐ活躍を続けてきました。そんな内田さんが、2026年から新たにスタートさせたのが、Podcast「soucutsの庭」です。
大御所から同世代、さらには若い世代まで。幅広い美容師をゲストに迎え、いま考えていること、そして普段はなかなか語られることのない“思考の奥”までを、MCを務める内田さんがじっくりと引き出していきます。リクエストQJでは、そのPodcastの模様を記事としてお届けします!

 

第二回のゲストは、表参道「Double(ドゥーブル)」代表の山下浩二(やましたこうじ)さん。独自のカット理論と圧倒的ヘアデザインで、数多くの美容師に影響を与えてきた存在です。今回は山下さんの愛弟子である、TOH(トオ)の石原慎太郎(いしはらしんたろう)さん、tender(テンダー)の髙田昌宏(たかだまさひろ)さんも交え、師弟関係の裏側から、いまの美容業界への提言までを深掘りします。

 


 

石の上にも3年どころか…?

 

左から:石原さん、山下さん、内田さん、髙田さん

 

内田:「soucutsの庭」、第二回目のゲストは、僕の中で大大大尊敬している、Doubleの山下浩二さんです!よろしくお願いします!

 

山下:よろしくお願いします!いいですかね?オワコンですけど。

 

内田:いやいや(笑)。 全然オワコンじゃないです。今、山下さんの話を聞かせたいなと思いますし、若手の美容師さんとかブッ刺さるんじゃないかと思いまして。

 

山下:刺さりますかね…。

 

内田:刺さります!それでは早速、第2回目のトークテーマを。『「石の上にも三年どころか、10年が強い」って本当ですか?』。

 

山下:そう…ですね…。10年どころか、20年ですね!

 

内田:(笑)何でこのタイトルにしたかというと、僕が30代前半の頃に、僕と同年代の美容師6、7人が山下さんのカットを拝見するっていう雑誌の企画があったんです。山下さんがウィッグでカットしているのを見ながら、僕らの質問に山下さんが答えていただくっていう。

僕、30代前半は結構調子乗ってたんですよね(笑)。「自分、できてるな」みたいな感じ。だけどそれ(山下さんのカット)を見て、やっぱめちゃくちゃ上手いなって。当たり前なんですけど。でも、改めて思った記憶が鮮明にあって。その時に、一緒に見てた人と帰りながら、「やっぱ、山下さんめちゃくちゃ上手いよな」って話して。その当時は、早期教育で、2年とか3年位でデビューするのがいいよねっていう風潮がバーって出ていた時代。僕らも、そのほうがいいんじゃないか、カラーで売れたら、それはそれで。と、思ってたんですけど、やっぱりカットを見て、「あ、全然(まだまだ)。10年からがスタートだよな」と。今回それを改めて、どう思ってらっしゃるのかをストレートに伺いたいなと。

 

山下:3年位でカットがわかったらさ、こんな歳までやってないって。10年っていうのは、ハサミが何かがやっとわかったくらいじゃないの。

 

内田:10年で…。

 

山下:あとは、シャンプーをちゃんとできるようになるのが10年位じゃないの。本当はね。3年っていうのは、ゴルフなんかでいうと、打ちっぱなしに行って、ちょっと飛ぶようになった位の感じじゃない?

 

内田:コースに出るにはまだ早い。

 

山下:1回コース出ました、位の感じじゃない? 3年っていうのは。「あ、難しいな」って感じるのが10年位。そんなに簡単じゃないなって。

 

山下さんの、知られざるスタイリストデビュー秘話

 

 

内田:山下さん自身がスタイリストになられるまでも、長かったんですか?

 

山下:いや、早かったよ。あのね、僕らの頃は、練習会みたいなのはなかったの。大体の人(今活躍している山下さんと同年代の美容師)は、みんな一流美容室の出身じゃないですか。僕は、大阪のすごい辺鄙なところにあるお店。でも、すごいいい先生だった。何でそこに入ったのかは、今では思い出せないけど。そこから始まって、長かった。5年目位でもブローだけ、とか。僕はシャンプー、1年間ずっとやってたから。シャンプー以外やらせてもらえなかったから。

 

内田:当時はそれが当たり前とかではなく、たまたまそのお店が?

 

山下:そうですね、たまたまその店が。それで、今度は(地元である)鹿児島に帰ったら、いきなり(やったことのない仕事を)やらされたりとか。色々だったよね。東京に来た時は、3日目で技術者になったから。

 

内田:え、そうなんですか(笑)。店によって、結構バラバラ。

 

山下:その人が、「10年!」っていうのもおかしな話なんだけど。

 

内田:実はデビューが早かったっていう。

 

山下:勝手になっちゃったね。されたっていうか。

 

内田:技術チェックもそんなになく。

 

山下:なかったですね。「切れる?」って聞かれて、「いや、切ったことはありますけど…」って言ったら、「じゃあ入って」みたいな感じだったね。そういう時代っていうか、場所でしたね。

 

内田:山下さんがいたお店が、たまたまそうだったと。

 

山下:東京に来て、一番最初に入った店が、技術者がいなくて。でもお客さんがバンバン来るわけですよ。それで、(カットすることになって)1時間半位かかったのを覚えてます。僕、愛想はいいじゃない、昔から。今はちょっと強面になってきてますけど(笑)。愛想がよかったから、愛想を100%使いながら、やってましたね。

 

内田:意外ですね。その時は、全然自信なくデビューをすることに…?

 

山下:そうっすね。全くわからなかったね。デビューしたっていうか、その日から入らされて、「こんなんでいいんだろうか…」と思いながら。

 

内田:じゃあ現場叩き上げで、日に日に、色々学んで上手くなっていったんですね。

 

山下:東京に来てからはね。仕事の基本は大阪、鹿児島で教えてもらったけど。でも、技術を学んでないからカットはできなかった。だからいきなり技術者になって、「これは大変だ…」と。これは、(今日だけじゃなくて)明日からも入れられるぞ…と思って。

 

 

内田:やるしかなくて(仕方なく)、っていうのがスタイリストデビューの秘話だったんですね。

 

山下:そうですね。そこから大変でしたね。そこのお店は、バンドマンとか、原宿のショップ店員とかが(お客さまとして来店していて)、今巷で流行っているカラーをして、ブリーチして…っていうお店だった。

 

内田:いわゆる、若者向けの。

 

山下:全部ツルツルにしたいとか、剃ってラインを入れたいとか。だから逆に助かったかも。図画工作みたいな感じでやればよかったから。その後に、「ZUSSO(ズッソ)」っていうお店に入って。

 

内田:出た!伝説の。

 

山下:そこは、普通のお客さんが来る。そこで難しさを知ったね。そこから練習しましたよ。練習っていうか、「研究」。

いつも、うちの店の連中もね、毎日残って練習するわけよ。でも、「練習なんかするんじゃねえ、早く帰れ!」って言ってる。意味ないから、練習したって。でも、研究はしたほうがいい。練習はね、ただ練習するだけになっちゃう。いっぱい巻きましたとかさ。まあ、巻いたほうがいいけど。「研究」っていうのは、「何でこうなるんだろう」って考えること。それは、毎日したほうがいいですね。

 

>練習ではなく、研究をすべし

 

Related Contents 関連コンテンツ

Guidance 転職ガイド

Ranking ランキング