macaroni coast中澤保人さんのびよう道 〜「木を見て森を見ず」ではつまらない。ヘア、モデル、メイク、服、空間…全てが調和し、相乗効果を生み出す世界をつくる〜

 

美容室でも待遇や休日が大切と言われる時代です。もちろんそれも良いですが、美容人生のどこかで“心も体も美容でいっぱい”という時期があっても良いかもしれません。

 

「びよう道(みち)」は、そんな地道で壮大な鍛錬の道を歩んできた“美容の哲人”に、修業時代に一人前になったと思った瞬間や美容の哲学など、それぞれの美容の道を語っていただく連載企画です。

 

今回は、訪れる人のオシャレ心を刺激する実力派サロンmacaroni coast(マカロニコースト)のオーナー、中澤保人(なかざわやすひと)さん。東京を代表するデザインサロンのSHIMAを経てDaBでキャリアを重ねたクリエイティブ美容師。ご自身でアパレルブランドを立ち上げた経験を持つ、ファッションにも造詣が深い人物です。そんな中澤さんが歩んできた「びよう道」に迫ります。

 


 

トータルでデザインする場を求めて美容業界に入った

 

 

美容師になる前から僕はファッションが好きで、「クリエイティブなことをしたい」と考えていました。技術肌の職人というより、トータルでデザインできる人になりたいと思っていたんです。当時は、「SASHU(サッシュ)」や「mod’s hair」などのヘアサロンが人気で、入社倍率も高かったんですよね。僕もやるからには、人気サロンで美容師をしたいと思っていました。

 

 

その当時は、今ほど「SHIMA」は有名ではなかったんですが、専門学校の友人が内定して働くことになったんです。「髪の毛を切りに行くからついてきて」と言われて、一緒に向かったのが青山店。そこがもうめちゃくちゃにオシャレな空間で、めちゃくちゃカッコよかったんですよ。すかさず、店長に「ここで働きたいです」とお願いしました。

 

僕は既に内定をいただいていたサロンをお断りして、同期より少し遅れてSHIMAに入社しています。SHIMAの先輩たちは、ヘアはもちろんファッションにも並々ならぬこだわりのある方ばかりで、SHIMAを選んだ自分の嗅覚は正しかったと思います。

 

自分は「トータルでデザインしたい」と思って美容業界に入りました。ただ、実際には職人的な仕事も多いし、アシスタント時代は泥臭い仕事も多い。自分の力を発揮するためには、クリエイティブやデザインで勝負できるステージに一刻も早く立つべきだと考えていました。なので、文字通り寝食を忘れて練習していましたね。早朝から終電まで残っていましたが、部活みたいなノリで楽しかったんです。

 

>1年半でデビュー後、撮影を月間10本ペースでこなす

 

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