二十歳の頃、どう過ごしてた? NNN/NOBUさんの二十歳の頃。

─すごいストーリーですね…! そうして奔放に生きていたNOBUさんが、当時一番楽しかったことはなんでしたか?

 

人から注目されること。それこそ僕は大阪で地方出身だから、なりふり構わずのし上がる覚悟が常にありましたね。そのためには本当に手段を選ばなかったですし、メディアに自分を使ってもらう価値をつけるには、周りと同じことをしている場合じゃなかったんです。

 

テレビ局やヘアメイクさんの飲み会に行ったり、ヘアメイクのスタジオを回って、「無料でいいからやらせてください」とお願いしたり…。他にも、専属モデルに会えるファッションショーに潜入して、僕が担当した子に今度はサロンに来てもらって。そこから縁を繋げて、雑誌の企画をもらったりもしていました。

ライバルだと思っていた同年代の美容師よりも前のページをもらったときの嬉しさと言ったらすごかったですよ。

 

 

─そんなNOBUさんにも、失敗した経験はありましたか?

 

いや、全部が失敗でした。ただ失敗の向こう側に成功があると信じて、やるしかなかっただけです。

だって、アシスタントがいきなりめちゃめちゃ目上の人に連絡して飲みに誘うのとか、普通に失敗じゃないですか。実際、二十歳そこそこのアシスタントに出来ることなんてほとんどありませんしね。それでも僕が飲みの場に行ってやっていたのは、「あなたの会社はこうです、だからこうしたらもっとよくなりますよ」なんて大きな話をすること。話しているときはまともに取り合ってもらえなくても、口にしたことはどんなに時間がかかっても絶対に実現して認めてもらうことを続けてきました。

そしてもちろん、どんなに遅くまで飲んでも、次の日は同期と一緒に朝から練習していました。あの頃はほとんど寝てなかったですね。

 

 

本当にむちゃくちゃな生活でしたけど、その結果、二十歳の終わりには勝手にスタイリストになっていましたし、21歳の春には月給は100万円を超えていました。年上の先輩をアシスタントにつけて営業して、売上で言うと400~500万円くらいかな。

傍から見たら失敗だと思われるようなことも最終的に成功に変えてきたから、今があると思います。

 

二十歳のみんなへ

 

 

下の世代に何を伝えたらいいのか、何を言えば伝わるか、僕はずっと考えてるんですよ。でもわからないから、むしろ、教えて欲しいくらいです。それこそ、サロンを辞めて行く子たちも沢山見てきたけど、僕は辞める理由が気になる。その子の同期に聞いても、「大した理由はないですよ」って言うんです。でも、その“大したことない理由”を知りたいんですよね。

 

今の子たちは自分の魅せ方が上手い分、本心では何を考えているのかわからないように見えてしまいがちなところがあるんです。だから、自分の中身を出して欲しいし、伝えて欲しいと思います。全てを見せる必要はないけど、腹の内を見せて欲しいんですよ。自分はどんな人間でなにがやりたいのか。まず自分から動いて、話してみてください。そうすれば、上の人間は案外ついてくるものですよ。

 

僕もそうですが、これからのことは若い世代に任せていきたいって考えている人も多いはず。僕も山ほど失敗してきたし、完璧でいてほしいなんて思っていないです。いい意味で期待していないから、好きにやってみて欲しいですね。

 

(文/リクエストQJ編集部 撮影/菊池麻美)

 

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