【福岡で月間売上1200万円】地道にカット技術を磨きあげた野平雅樹の「逆張り戦略」とその先のキャリア

 

 

美容師を志したときから、「福岡で一番になる」という夢を公言していたという野平雅樹(のひらまさき)さん。その言葉どおり、美容師歴6年目で月間売上1200万円という圧倒的な数字を記録し、現在はフリーランスとして活躍しています。キャリアの始まりは、福岡を代表する老舗サロン。スタイリストデビュー当初は、決して順風満帆ではなかったそうです。しかし接遇スキルと技術力を積み上げ、さらに時代の流れを読んだ「逆張り戦略」でいち早くレイヤーカットを打ち出したことで、現在の道にたどり着きました。地道な努力と冷静な行動力、そして早くから培った高い金融リテラシーを武器に、現在の成功に至るまでの軌跡を取材しました。

 


 

専門学校の学費は自分で工面。卒業後、教育サロンで土台を築く

 

――野平さんは進学校出身だとか?美容師を目指したきっかけは?

 

僕は佐賀の田舎出身なんですが、中学生の頃から髪を触るのが好きでした。美容室にも通っていて、髪型にもこだわっていましたね。その頃から美容師に憧れていました。勉強も好きでしたし、母子家庭で育ったこともあって、母を安心させたいという思いから弁護士を目指そうとした時期もありました。でも母は「好きなことをやりなさい」と言ってくれて。結果的に、「福岡で一番の美容師になる」という目標を掲げて、この道を選びました。






――美容学校の学費は、ご自身で工面されたそうですね。

 

はい。飲食店のバイトを掛け持ちしていました。熱量は人一倍高かったと思います。学校イベントのステージでも「福岡一の美容師になります!」と宣言してしまったので(笑)、それを実現するため、技術をしっかり身につけられる環境で働きたいと考えていました。それで、福岡の美容学校時代から通っていた老舗の教育サロンに入社しました。今でも覚えていますが、採用面接で「僕を採用しなかったら絶対に後悔すると思うので、よろしくお願いします!」と宣言したんです。あの頃は根拠のない自信がありましたね。

 

ですが、実際に美容師になって2年経った頃、心がボキッと折れました。






――それは何があったんですか。

 

練習は朝も営業後も一生懸命やっていたんですけど、2年目になると、自分と同世代の美容師たちがSNSのフォロワー1万人を超えたり、売上を伸ばしていくのを目にするようになって。自分はまだ実績も出していないし、大したことがないと気づいたんです。「自分は口先だけだな」と。

 

そこから試行錯誤して、SNSに戦略的に取り組むようになりました。それまでもなんとなく投稿はしていたんですが、バズを狙った設計ができていなかったので。








>カラーブーム全盛期に、「レイヤーカット」を発信した背景



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