【福岡で月間売上1200万円】地道にカット技術を磨きあげた野平雅樹の「逆張り戦略」とその先のキャリア

 

カラーブーム全盛期に、「レイヤーカット」を発信した背景

 

――スタイリストデビューはいつ?

 

4年目に入る頃です。当時はカラーブームで、ハイトーンのミルクティベージュなどがトレンドでした。SNSでも見栄えするので、同世代の美容師はそれでバズっている人が多かったんですよね。

 

デビュー前に考えたのは、あえてここでカットを打ち出せば、デビュー後に差が出るのではないかということでした。まだレイヤーカットが流行っていない時期でしたが、先輩にも相談して思い切って打ち出すことにしたんです。でも最初はうまくいかず、集客で苦戦しました。デビュー2カ月後に新規指名が1人来て、その後2カ月は来なくて、また1人来て……という状況で。お客さまのスタイルを投稿すると、そこから数人来てくれるような感覚がありましたが、焦りを感じていました。何としてでも売れたいという思いがあって、あの頃はインスタをとにかく見て研究していましたね。






――その後、韓国ヘアが流行り始めて風向きが変わりましたか?

 

そうなんです。タイミングにも恵まれました。ブームとともにレイヤーカットも徐々に広がり、追い風になりましたね。当時はまだ福岡でSNSが強い美容師が少なく、「レイヤーカット」で検索すると東京の美容師さんのスタイルが上位に並ぶような状況でした。そこで、レイヤーカットで人気の美容師さんの投稿を参考に、「#福岡」というハッシュタグを加えたんです。東京まで行けない方に届けばいいなと思って。






――それが見事に当たったと。

 

はい。新規が月40人来るようになりました。当時はバックショットを中心に投稿していたのですが、幅広い年代のお客さまに来ていただいていましたね。でも、福岡で一番と言えるようになるには、まだまだでした。

 

老舗サロンで約1年スタイリストとして経験を積んだ後、次のステージを求めて転職を決意しました。東京の人気サロンが福岡に新規出店するというニュースを聞き、チャンスは今しかないと直感。老舗サロンでお世話になった先輩たちも温かく背中を押してくれて、2021年、オープニングスタッフの一人として新たなスタートを切りました。






>圧倒的な数字を追い、福岡で月間売上1200万円を達成

 

 

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