長野と東京の二拠点美容師ライフ。siki スタイリストmikuさんが見つけた、仕事も家族も大切にする働き方
やわらかな質感のハイトーンカラーとライン感のあるカットなど、トレンド感のあるスタイルで人気を集めるsiki(シキ)のトップスタイリスト、miku(ミク)さん。自らの結婚を機に、東京でサロンワークをしつつ、長野にも生活の拠点を持つようになりました。
長野に完全に移住するわけではなく、東京との二拠点生活を選んだ理由はどんなものなのでしょうか。具体的な働き方を伺いつつ、新たな働き方をスタートしたことで得た変化やスタイル作りへの影響についても話していただきました。
27歳で中途入社。転職が“挑戦”だと自覚した、sikiスタッフの言葉とは
私はアシスタント期間が6年間と長めなんですよ。新卒で入社した表参道のサロンでは、6年間ずっとアシスタントとして過ごしました。その後、同エリアのサロンに1年ほど在籍し、今、sikiは3社目になります。
磯田(基徳氏)のことはアシスタントの頃から知っていて、いつか一緒に働いてみたいなと思っていたんですよね。私はデビューが遅かったためか、周りが落ち着いてくる27歳頃でもまだまだスポンジ状態。もっとたくさんのことを吸収したい!という思いで働く中でsikiの中途採用があると聞き、受けることにしました。
今でも覚えていますが、そのときの面接は当時所属していた10名ほどのスタッフ全員が同席する形で。10対1の状況に圧倒されていたら、後輩にあたるスタッフに「長年キャリアを積んできて、その年齢でなぜ転職しようと思ったんですか?」と聞かれたんですよ。ちょっと失礼とも取れる質問かもしれませんが、私はその言葉が妙に心に響いたんですよね。がむしゃらすぎてその転職が挑戦だと捉えてはいなかったけれど、「そうか、私はこの歳になってまだ挑戦したい、伸びたいと思っていたんだ」と気付いたんです。
前社で働いていた頃はミルクティーベージュ全盛の時代。例にもれず私も中明度のベージュ系のカラーを打ち出していましたし、私が入社した頃のsikiも、ベージュ系のカラーが得意なサロンだったんです。ただ、「上手い人がたくさんいるsikiで同じブランディングだと埋もれてしまうのでは」と考え、柔らかい質感のハイトーンカラーを打ち出すことに決めました。しばらくは順調に売上を伸ばしていたのですが、ちょうど1年くらい経ったときに、ガタッと売上が落ちてしまったことがあったんです。自分でも不思議だったのですが、いま振り返ってみると一つ思い当たることが。私は本来、お客さまとおしゃべりするのが大好きなタイプなのですが、難易度の高いペールトーンなどを手掛けるときは、どうしても口数が減ってしまっていたんですよね。一日に多くのお客さまに入客しながら、提供する技術のクオリティを保つことに精一杯で、自分らしい接客ができなくなっていたのかもしれません。
加えて、派手なハイトーンというのはマスが限られていることも実感して、もともと自分が得意としていたベージュ系にブランディングを戻したんです。結果的に、それが自分にもお客さまにもフィットして、売上も自然と元に戻りました。
>お客さまも家族も大切にしたい! 両方を叶えるために始めた、二拠点での暮らし