18歳でスタイリストデビューした矢嶋冬優。韓国No.1サロン『JUNO HAIR JAPAN』でオープニングから活躍する“令和の怪物”

 

 

昨年12月、日本初上陸となる韓国発グローバルサロン『JUNO HAIR JAPAN(ジュノヘアージャパン)』が表参道にオープンしました。オープニングから活躍しているのが、弱冠19歳のスタイリスト・矢嶋冬優(やじましゅう)さんです。幼少期からサッカーに打ち込み、中学時代は県選抜として活躍。スポーツ推薦での進学も可能でしたが、選んだのは美容師の道でした。高校卒業認定と同時に美容師免許が取得できる専修高等学校へ進学し、在学中から内定先サロンで技術練習を重ね、18歳でスタイリストデビュー。規格外ともいえる最速キャリアの裏には、どのような選択と積み重ねがあったのでしょうか。その思考と現在地に迫りました。

 


 

「18歳でスタイリストデビュー」を掲げた高校時代

 

――中学時代にはサッカーで県選抜としても活躍し、高校へのスポーツ推薦も決まっていたそうですね。なぜ美容師の道を選ばれたのでしょうか。

 

サッカーは好きでしたが、プロになれるほどの実力ではないと感じていました。それなら、自分が本当に好きなことを選び、突き抜けたいと思ったんです。たまたま手にしたチラシに「高等専修学校で美容師免許が取れる」と書かれていて、もともと髪を触ることが好きだったこともあり、興味を持ちました。中学3年の秋と時期的には遅かったのですが、最後のオープンキャンパスに参加し、その場で進学を決断。前例のない進路だったため、中学の担任の先生とは何度も面談を重ねましたね。






――早く社会に出たいという思いがあった?

 

それ以上に、美容専門学校の2年間を短縮できる点が大きかったですね。加えて、高校3年間をどのような意識で過ごすかによって、美容師としての成長スピードが変わると考えていました。

 

実際に専修学校に通う中で、自分のやりたいことが徐々に明確になっていきましたし、地方の系列校に通う友人たちとの交流を通じて、美容師の離職率を下げる活動にも関わるようになりました。そうした経験から、「美容業界こそ自分が将来活躍するフィールドだ」と早い段階で定めることができ、自然と社会的な視点も養われていったと感じています。刺激を与え合える仲間との出会いも大きく、そうした環境の中で、自分の感性も着実に磨かれていきました。

 

 

 

――1年次から美容室でアルバイトもしていたとか。

 

はい。授業が16時頃に終わるので、放課後は大型サロンで働いていました。店舗数が多いサロンだったため、県内のさまざまな店舗にヘルプとして入る経験もできました。可愛がっていただき、とても楽しかったです。

 

高校2年の夏に就職先が決まってからは、アルバイト後に都内の内定先サロンへ移動し、夜9時から終電まで練習していました。

 

 

――かなり多忙な毎日だったのでは?

 

そうですね(笑)。ただ「18歳でスタイリストデビューする」と公言していたので、その実現に向けて本気で取り組んでいました。スタイリストに見てもらいながら練習し、LINEグループに写真を送って添削を受けることも。さらにウィッグだけでなくモデルハントも行い、友人にも協力してもらいながら実践経験を積んでいきました。

 

 

 

――3年間は計画的に過ごしていたのでしょうか。

 

1年次のキャリア授業で、(株)セイファートUSA代表・山田実さんの講演を聞く機会があったんです。そこで海外の美容師の働き方や活躍を知り、マインドセットや人間性の重要性を学びました。そのとき、自分の中でキャリアのロードマップが描けたんです。その結果、「18歳でスタイリストになる」という目標が具体化し、日々の行動もぶれることなく、目標に向かって進むことができました。意識的に「好き」を深めるための行動を積み重ねていくうちに、気づけば自分の目指していた場所に立っていた——そんな感覚です。

 

 

 

>入社と同時にデビュー、そして『JUNO HAIR』へ

 

 

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