スタイル作りは「服」から始める! 名だたるコンテストでグランプリをさらう、JURK・suzunaさんのアイデアの源泉は? ―トレンドメーカーの「ブレイン解剖」─

 

トレンドの一歩先を行くクリエイティブを生み出す美容師は、どんなヒトやモノにインスパイアされるのか。独自の発想やユニークな感性を持つ人たちに直撃取材し、紐解いていくのがこの企画「ブレイン解剖」です。

今回は、サロンワークでデザイン性の高いスタイルを提供しながら、コンテストにも精力的に参加し、結果を出し続けているJURK(ユルク) tokyoのスタイリストsuzunaさんが登場。

これまでの歩みやコンテストに挑むきっかけになった出来事、スタイルを作るときのインスピレーションについて伺います。クリエイティビティに込めた熱い思いを、言葉を尽くして語ってくださいました。コンテストに挑戦したい若手美容師さん、必読のインタビューです。

 


 

ジュニアスタイリストですでに売上・外部仕事ともに好調だった名古屋時代

 

 

新卒ではコンサバスタイルがメインの大手サロンに就職して、2年間アシスタントをしていました。当時から、現在作っているようなデザイン性のあるスタイルが好きだったのですが、まずは幅広い技術や接客が学びたいと思ってそのサロンを選んだんです。

私は滋賀出身で、名古屋に行ったのは就職のタイミング。なので、最初の頃は名古屋のサロンや美容師さんのことをあまり知らなかったのですが、働いているうちに気になるスタイルや美容師さんが沢山出てきて。そのうちの一人がJURKの代表である沢井(卓也)でした。気にしてSNSをチェックしていたら沢井がJURKを立ち上げるという投稿を見て、そのタイミングで前の会社の代表に相談したんです。というのも、前社の代表と沢井は同じプロジェクトで仕事をしていたんですよ。

 

 

そうしたら、「絶対合ってると思うよ」と、代表が自ら私のことを紹介してくれたんです。相談をした数時間後には沢井から連絡が来て、JURKのビジョンややりたいことを聞くことができて。「JURKで美容師がやりたい!」という気持ちが固まりました。前社の代表も快く送りだしてくださって、本当にありがたかったです。アシスタントとしてJURKのオープニングスタッフになったので、カラーまで終えていたカリキュラムも一から学び直しました。

 

ジュニアスタイリストまでは順調にレッスンが進んで、ありがたいことにその時期は売上が上がり続けていました。それに加えて外部のお仕事も増えてきた結果、カリキュラムがなかなか進まないほど忙しく、ロングとボブ限定のジュニアスタイリストの期間が長かったんです。

 

 

JURKの東京進出が決まったのも、私がジュニアスタイリストの頃でした。ただ私を含め、東京に行くことを希望したスタッフの中には当時、スタイリストがほとんど居なかったんです。オープンまでにすべてのレングスが切れるスタッフを増やさないと、ということで必死にレッスンして、無事にスタイリストとしてデビューすることができました。

「自分がデビューできなかったらお店にスタイリストが居ない状態になってしまう」という状況はプレッシャーでしたが、あの時に追い込まれながら頑張ったことで、さらに一つギアが上がった感覚があります。

 

>東京での集客に苦戦した経験が、コンテストに注力するきっかけに

 

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