日本からロンドン、世界へ。伝説の美容師・「TONI&GUY」雑賀健治の生きた道とは?|雑賀英敏インタビュー

2017.02.01

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1974年。イギリス・ロンドンに渡った一人の美容師がいました。それが雑賀健治(さいがけんじ)さんです。健治さんは小さなお店だった「TONI&GUY」で働き、創立者のマスコロ家四兄弟と共に世界的なサロンへと育て上げました。後に帰国した健治さんは日本で「TONI&GUY」のフランチャイズ店を設立し、トップサロンへと押し上げることに。国内のみならず世界で活躍し、美容業界に多大なる影響を与えた健治さんの偉大な姿を、息子であり、「TONI&GUY JAPAN」の代表を務める雑賀英敏(さいがひでとし)さんに語っていただきました。

 


 

雑賀健治さんプロフィール

1948年生まれ。美容学校を卒業後に都内の美容室で学び、1974年にイギリス・ロンドンへ渡る。「TONI&GUY」創立者のマスコロ家四兄弟のサロンで働く中で、「TONI&GUY」を人気サロンへと成長させる。1984年に日本へ帰国し、1985年南青山に「TONI&GUY JAPAN」を設立。サロン経営だけでなく、アカデミー開校や講演、ショーなど幅広く活躍し、「TONI&GUY」を国内に広めるために尽力する。2012年7月11日にその生涯に幕を閉じる。享年63歳。

 

 

「TONI&GUY」の門を叩いた時から雑賀健治はプロフェッショナルだった

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初めに父とロンドンの出会いについて話をさせてください。時期は幼少期にさかのぼります。63年に私の祖父が世界旅行をしたのですが、そのときに撮ってきた16ミリフィルムの動画を見たとき、なぜかロンドンの風景だけが強く印象に残っていたそうです。『海の向こうにはこんな世界が広がっているんだ』と魅せられて、『いつかロンドンに行きたい』と憧れを抱くようになったと聞いたことがあります。

 

成人した父は東京の美容学校を卒業して、都内の美容室に就職をしました。海外で勉強したい気持ちはその頃からあったそうなんですが、まずはしっかりと日本で成果を出そうと必死で働いたそうです。街で外国人を見つけては英語で話しかけて英会話の練習をしていた、と言っていましたね。努力のかいもあって店長まで上り詰め、店の売上を伸ばすことに成功します。そして74年、ロンドンに渡りました。

 

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 雑賀健治さん(左)

 

ロンドンでは、ヴィダルサスーンアカデミーに通いながら、働き場所を探していたといいます。そのとき、学校の通りの向かいにあったのが、ロンドンに進出したばかりの「TONI&GUY」でした。当時は創立者のマスコロ4兄弟と総店長の5人しかいない小さなサロンだったようです。マスコロ4兄弟はイタリア移民。明るくて陽気なラテン気質を持っていて、父も明るくて気さくな性格だったためにすぐに意気投合し、働くことになったそうです。これこそ、運命の出会いと言えるでしょう。

 

入社すると、当時15歳の4男アンソニーの教育係になりました。美容師の全てを教えたといいます。そのおかげで5人目の兄弟と呼ばれるほどの信頼を得ることができました。トニー(長男)が僕によく話してくれるのは、父は初めて「TONI&GUY」の門を叩いた時からプロフェッショナルだったということ。加えて日本人らしい勤勉さもあり、すぐ信用したそうです。父は、もともと彫りが深い顔立ちでしたが、日本人に見えないよう、ヒゲをはやして店に立っていたといいます。ハンサムだし、技術力も高く、1日に50人も切る人気スタイリストだったようです。

 

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>雑賀健治がロンドンで学んだこと

 

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