RITZ金井豊さんのびよう道 〜努力をしている感覚はない。戦略と人脈を武器に、ただひたすらやりたいことに没頭しているだけ。〜

 

美容室でも待遇や休日が大切と言われる時代。もちろんそれもいいですが、美容人生のどこかで“心も体も美容でいっぱい”という時期があってもよいかもしれません。

 

「びよう道(みち)」は、そんな地道で壮大な鍛錬の道を歩んできた“美容の哲人”に、修業時代に一人前になったと思った瞬間や美容の哲学など、それぞれの美容の道を語っていただく連載企画です。

 

今回は、RITZ代表の金井豊(かないゆたか)さんです。金井さんといえば、20代前半からヘアメイクとして成功し、ニューヨークでも活躍した「元祖カリスマ」と呼ばれる美容師の一人。『シザーズリーグ』(フジテレビ系)への出演でも知られています。

 

現在も、代官山の地から存在感を放ち続ける金井さんが、どのように「びよう道」を拓いてきたのか伺いました。時代が変わっても変わることのない成功のヒントが詰まっているインタビューです。

 


 

1年半でスタイリストデビューし、ヘアメイクの道に踏み出す

 

 

僕がスタジオV(何人ものカリスマ美容師を生み出したサロン)でアシスタントをしていたのは1年半だけなんですよね。もちろんシャンプーから何からがむしゃらにやっていたのは事実なんだけれど、当時はボブ・レイヤー・グラデーションの3パターンができるようになれば、デビューできたんですよ。最終チェックも緩かったかもしれない。だから僕に限らず早くからデビューして活躍している美容師がかなりいたんです。

 

スタイリストの先にヘアメイクとして活躍する目標があったから、努力をしていた感覚はあまりなくて、自分の意思でやりたいことをやっている気持ちが強かったですね。目標のために、目の前のカリキュラムに合格していくだけのことだったんです。

 

今と違って、他のサロンがどんなことをしているのかわからないのも良かったのかもしれない。比べることができなかったから、どのサロンが良い、悪いというのも知らないし、そもそも気にならなかったんです。

 

当時は、雑誌で活躍しているヘアメイクがヘアサロンをつくる時代でした。スタジオVもそのうちのひとつ。美容業界でどっぷりやってきたヘアサロンとは系統が違ったんですよね。どちらかというと、ヘアメイクは一人で動くことも多いから、今でいうフリーランスに働き方が近かった。年齢や経験関係なく、実力があるヘアメイクがのし上がっていく感じでしたね。

 

0から1にするのが一番大変で、1から先は数珠つなぎ

 

 

ヘアメイクとして活躍するためには、どんな人脈が必要なのか、戦略的に考えて進めていたんです。ヘアメイクのアシスタントとして現場にいったら、カメラマンのアシスタントと仲良くなる。アシスタント同士、「早く売れたい」という目標は同じなんですね。アシスタントでも上手いカメラマンがいるから、一緒に作品づくりをして、編集部に電話をかけて売り込みに行くんです。最初は何の実績もなかったから、断られるんですよ。

 

でもね、何回断られてもいいんです。断られても、そこの雑誌のテイストに合わせた作品をつくってリベンジしていく。で、なんとかして1本、撮影のチャンスをもらう。そこでつくった作品がよければ、また使ってもらえますから。だから、0から1にするのが一番大変。

 

 

黙っていてもチャンスは来ないです。でも、チャンスをつかむためにアクションすることを努力と感じたことはなかった。自分がやりたいことを実現するためにはどうしたらいいか考えてやっていたことなんで、面倒くさいなんて思わなかったですね。

 

そして、作品を撮影して写真が上がってくるころに編集部に行き、編集の人と仲良くなる。そうすると、名前を覚えてもらいやすいし、大きな企画で声がかかることも出てくるんですね。もちろん最初は編集部も売れているヘアメイクにお願いするけど、売れっ子は予定が詰まっているから、「そういや金井ってのがいたよね」と僕にもチャンスが巡ってくる。

 

大きい企画では、やはり気合も入るじゃないですか。現場には一流のカメラマンとスタイリストもいるから、そこで新しいつながりがまた生まれる。その繰り返しでしたよね。

 

>ニューヨークに飛び「ティーン誌の金井」を卒業

 

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