名門サロン出身の”訪問美容師”――金澤真由美。代官山で築く「生涯顧客」と、誰もが笑顔になる唯一無二のサロンづくり
“安心して通える美容室をつくりたい”――『BY THE SALON』誕生
――3年間の訪問介護経験を経て、2016年にサロンをオープンされました。
はい。当初は出店など考えてもいませんでしたが、介護現場で多くの方と接するうちに、「美容室に行きたいけれど安心して行ける場所がない」と感じている人が多いと気づいたんです。それなら、自分がそういったバリアフリーのサロンをつくろうと思いました。そんなときに、PEEK-A-BOO時代の先輩・清水光子と話す機会があり、「お客さまと長く関係を築ける美容室をつくりたい」という想いが一致して、一緒に始めることになりました。

――お二人でスタートされたんですね。
カラーリストの経験のあるスタッフを加えて、3人での小さなスタートでした。「せっかく来てくださるお客さまに、心からくつろいでほしい」。その思いから、オープン時の設備投資には惜しみなく力を注ぎました。
内装は、数々の飲食店や人気アパレルショップを手がけるデザイン会社に依頼。自然光が柔らかく差し込み、木のぬくもりとモノトーンが調和する上質な空間に仕上げました。シャンプー台やチェアも、長時間の施術でも身体に負担がかからないよう、機能性とデザイン性の両面で厳選しています。

現在は中目黒店を含めて6名体制。スタッフは全員正社員で、その多くがキャリアのあるスタイリストです。確かな技術を持つ彼らが、それぞれの得意分野を活かしながら、お客さま一人ひとりに合わせた丁寧な施術を行っています。
2店舗とも完全バリアフリー仕様で、車椅子対応のシャンプー台も完備しています。お体の不自由な方や高齢の方でも安心して通えるよう、サロンの立地選ぶからこだわりました。また店舗内のスペース確保や段差の高さにも細心の配慮を施しています。その環境づくりが評価され、近隣の方々だけでなく、福祉業界で働くケアマネジャーさんからも問い合わせをいただくことが増えました。

訪問美容師のリアル。「安全に切り終えること」が最優先
――訪問美容ではどのように活動しているのですか?
サロン内で訪問美容師として活動しているのは私だけです。毎週木曜を訪問美容の日として、基本的に都内23区内のお客さま宅を回ります。移動時間も考慮し、1日に多くて3軒ほどですね。ヘルパー時代に知り合ったケアマネジャーさんからの紹介や、インスタのDMなどを通じてヘルパーさんから依頼を受けます。
訪問時はシャンプーなしのカットが基本メニューですが、ご希望があればカラーやパーマにも対応しています。ただサロンで提供する際のようなシャンプーが難しいので、ご自宅の浴室で工夫しながらシャンプーしたり、入浴のタイミングに合わせたり。ご家族と協力し合いながら、ケースバイケースで対応していますね。
また地域ごとに発行されている「美容利用券」などを利用して、訪問美容サービスを受ける方も多くいらっしゃいます。自治体によって名称や支給金額、利用条件は異なりますが、美容を通して生活の質を支援する取り組みとして、高齢の方やお身体の不自由な方、持病をお持ちの方にも少しずつ広がりを見せています。「美容利用券」はサロンにご来店での場合にも対応してます。

――訪問先での「シャンプーなしのカット」は難しそうですが、サービス提供にあたって注意することは?
寝たきりの方の場合は、根元のクセが強く残っていて、首の安定も十分ではありません。一見、何気ないカットのように見えても、介護美容の現場では一つひとつの動作に細心の注意が必要なんです。最初の頃は「きれいなフォルムを作りたい」という美容師としての本能が先に立っていました。けれど今は、「安全に最後まで切り終えること」が何より大切だと感じています。
認知症の方の施術では、突然怒り出されたり、途中で中断せざるを得ないこともあります。以前は「これでお金をいただいていいのだろうか」と迷ったこともありました。しかし、ご家族から「次もお願いしたいので、お支払いさせてください」と言われたとき、“完璧な仕上がり”よりも“整えること”“安全であること”の価値に気づかされました。衛生面を考えて襟足を短く整えたり、前髪が目にかからないようにする。そんな小さな配慮の積み重ねが、その方の毎日を少しずつ快適にしていく。この仕事には、毎回、新しい気づきがあります。