【BY THE SALON清水光子】第一期生として飛び込んだ名門サロンでの24年から独立へ。キャリアを切り拓くための選択と、後進に伝えたい本質的な学び。長く活躍し続ける美容師に必要な「変わらない軸」とは?

 

「辞めない」という選択が、自分の輪郭をつくった

 

――キャリアのスタートについて教えてください。

 

中学を卒業してすぐ、美容学校に進みたいと思いました。でもすぐに学校に通える状況ではなかったので、まず1年間は学費を稼ぐことに専念。そして1年後、美容学校の夜間部に通う生活を選びました。

 

今思えば大変な日々でしたが、その頃はただ「美容師になりたい」という気持ちだけで動いていて、不思議と苦しいとは思わなかったんです。むしろ、自分で選んだ道だからこそ、途中で投げ出したくなかった。何があってもやり切りたい、その一心でした。

 

 

――かなり強い覚悟を感じます。

 

覚悟というより、「それしか見えていなかった」という方が近いかもしれません(笑)。他の道を考える余裕もなくて、「これをやる」と決めた瞬間に、もう後戻りはない、という感覚でした。

 

――新卒でPEEK-A-BOOに入社した清水さんですが、そもそも最初の出会いは?

 

きっかけは一枚の写真でした。業界誌に掲載されていたヘアスタイルを見た瞬間、「なんだろう、この圧倒的なかっこよさは!」と心を奪われたんです。そこからサロンを調べて、ヘアショーに足を運んで、「ここで働きたい」と思うようになって。

 

そんな時、ヘアショーにカットモデルとして参加する機会をいただき、そのご縁から面接を受け、入社につながりました。当時はスタッフ全員が男性で、私は初の女性スタッフ。有名になりたい、技術を極めたい、原宿で働きたい――そんな理想がすべて重なった場所でしたね。

 

 

――そこから24年間在籍し、サロンディレクターとして活躍されました。

 

振り返ると、本当に不思議なくらい自然な流れでした。ずっと辞めなかった理由を考えると、「辞める理由がなかった」んだと思います。毎日が必死で、目の前の課題に向き合い続けていたら、気づけば時間が経っていた。

もちろん苦しいこともありましたが、それ以上に楽しかったし、成長している実感があった。周りには尊敬できる人がたくさんいて、学びが尽きなかったんです。

 

 

――かなりストイックだったと伺っています。

 

「負けたくない」という気持ちは、ずっと持っていました。周りは実力のある先輩ばかりで、「追いつくには3倍やらないといけない」と思っていたので、朝も夜も練習していましたし、休日もほとんどを技術習得に費やしていました。今思うと、あの時期はずっとハサミを持っていた気がします。

 

ストイックかと聞かれると、自分には厳しかったと思います。18歳で現場に立ったときから、「もうプロなんだ」と自分に言い聞かせていたので、成人式にも出ていません(笑)。振り返れば、あの頃は人生のすべてを美容に捧げていました。ただ、あの熱量で駆け抜けた時間があったからこそ、今の自分があると確信しています。

 

 

 

>新たなステージへ。BY THE SALONの誕生

 

 

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