ALBUMプロデューサーNOBUのタフさはどうやって培われた?  NOBUが大切にする「7つのルール」に迫る! 【前編】

どこに行くにもハサミを持ち歩いている「カット大好き」専門学校時代

 

 

NOBUルール-美容専門学校時代-

 練習も遊びも絶対手を抜かずに全力でやる!

 

暴君かつ跳ねっ返りだったけど、学校は休みもせず通ってた。ワインディングで一番になりたいという目標もありつつ、遊びまわっていたから、1年の夏に遊びすぎて肺炎になり入院したことも。入院中ベッドにウィッグを立ててワインディングの練習をしていたら、看護師さんに「なにこれこわい!」と驚かれた(笑)。

 

地元・大阪の専門学校に通っていたけど家に帰る時間さえも惜しんで遊んでいたくて、いつも一人暮らしの友達の家を転々として過ごしていた。そういえば、この時も料理はよくしていましたね。友達の家に送られてくる仕送りの食料を料理していました。当時はおでんとか鍋とかみんなで食べられるものが多かったかな。専門学校の友達は、みんな俺の料理を食べたことがあるんじゃないかな。すべてに全力を注いだことでつながった人脈や経験は今も糧になってるな。

 

 

NOBUルール-美容師下積み時代-

 自分が「かっこいい」と思ったものはすぐ取り入れる

 

当時は、カリスマ美容師ブーム。有名店の美容師さんがテレビでストロークカットやエフェクトカットなど、かっこいいカットをしているのを見て、俺もひたすらマネしました。もちろん、何もスタイルは作れなくてバサバサな仕上がりなんだけど、そういうかっこいいカットの素振りをしているのが楽しかった。

 

専門学校時代からいつもハサミは持ち歩いてたから、いつでもカットはできる。実験台になった地元の友人たちの髪を公園で切ったこともあった。当時住んでいた団地の下の公園は毛だらけでしたよ(笑)。

 

当時の俺が考えていた美容師としてのかっこよさは、「指名のお客さんがたくさんいること」「たくさん収入を得ること」「雑誌にたくさん出ること」。かっこいいと思っていることはすぐに取り入れたいという思いは人一倍強いから、そのためには、周りが考えてもいないような行動を起こすこともありました。

 

 

「誰も考えていないような行動」とは一体? NOBUルール5〜7の後編に続きます! お楽しみに!

 

<プロフィール>

 

ALBUM

プロデューサー/NOBU

大阪府出身。ル・トーア東亜美容専門学校卒業。大阪と東京のサロンで経験を積み、2014年よりアルバムのプロデューサーとして活躍。美容学校生の頃から既存のルールにとらわれず、独自の手法で技術を高め、売り上げ、集客ともに伸ばしてきた実力者。サロンワークのほか、雑誌の撮影やショーのヘア・メイクの仕事も数多くこなしている。インスタグラムのフォロワーは24万4千人。

 

(取材・文/須川奈津江  撮影/菊池 麻美)

 

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