東京のフラワーシーンを変えたfarverのオーナーは“元美容師”

2019.02.28

 

中目黒のfarverと言えば、知る人ぞ知るフラワーショップ。オーナーを務める渡辺礼人(ワタナベアヤト)さんは、花を手渡す相手やシチュエーションを深くヒアリングし、オーダーメイドでデザインする提案型フラワーショップの開拓者です。

 

そんな渡辺さんですが、社会人としてのキャリアのスタートは、なんと美容師だったのだとか。ということで今回は、美容師時代から今に至るまでのお話を聞いてみました。

 


 

カリスマ美容師に憧れて新潟から上京

 

 

美容師は僕のあこがれの職業でした。僕の高校時代に、カリスマ美容師ブームだったこともあり、華やかに見えていたんですよね。高校卒業後は新潟から上京して早稲田美容専門学校へ。まだ学校ができたばかりで、僕たちが最初の学生だったんですよ。

 

就職活動では、カリスマ美容師が活躍しているサロンを中心に受けました。今でも印象に残っているのは、超有名美容室の選考過程でサロンワークを体験したときのこと。当時からそこのオーナーは美容界のスター的存在だったのですが、お店を代表する方がバックヤードで、一気に口に詰め込むように昼ご飯を食べる姿を目撃したんです。華やかなフロアの裏側を見た気がしました。

 

結局、僕は有名店に入ることができませんでした。お世話になった地域密着型のサロンでは早くからアシスタントリーダーを任されていましたが、別のサロンで早くから活躍している同級生などと比べて、劣等感を抱いていたんですよ。「環境を変えればなんとかなるかも」と安易に考えて、代官山にあるサロンのオープニングから参加することに。ところがサロンの立ち上げが想像以上に大変だったのと、環境を変えればなんとかなるものではないと気づいてしまって、忙しいさなかに退職してしまったのです。申し訳ないことをしました。

 

 

何のあてもないのに辞めてしまったので当然無職になったのですが、せっかく上京したので東京という街には住み続けたかったんですよね。どうしようか…と悩んでいるときに「花柄が好きだから花屋がいいんじゃないか」と思いついたんです。動機は単純だったんですよ。

 

フラワーデザインの世界には美容と通じるものがある

 

 

僕が勤めていた花屋は六本木にありました。スイス人女性のフローリストがつくった作品を見て、「花をつかってこんなに自由な表現ができるんだ!」と感動したことが入社のきっかけです。フラワーデザインは、フローリストのセンスや、使う花の種類や、季節によって作品の雰囲気がまったく変わります。美容の世界と似通っている部分があるんですよ。

 

もちろん、花のことを何も知らない僕がデザインをさせてもらえるわけではありません。最初は、花の水替えや、商品の発送が主な仕事でした。水替えというと退屈な仕事に思われるかもしれませんが、そんなことはありません。毎日の水替えのおかげでたくさんの世界各地の花に触れることができましたし、知識を積むにはピッタリの仕事でした。花の種類はもちろん、旬の時期の美しさや生命力などを、水替えを通じて学ぶことができたのです。

 

 

その花屋には約3年間勤めました。そのころから、冠婚葬祭のニーズがあるからこそ変わらない花業界に疑問を感じていて、業界に風穴をあけたいという気持ちがあったのです。そんなときに異動の話があり、やりたいことから遠ざかるような気がして退社…なんの見通しもないのにまた無職になってしまったんですよね。

 

これからどうしようか…と模索しているとき、中目黒でカフェを経営している知人が、空いている通路スペースで花屋をやらないかと提案してくれたんです。中目黒で家賃3万円…何もない自分にとってこれ以上ない条件だと思ったし、失うものもなかったのでやってみることにしました。farverはこうして生まれて、今に至ります。

 

>美容室の助けがなかったらfarverは存続できなかった

 

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