“曲がる縮毛矯正”を発案。22歳で起業して大阪3店舗、さらに出店が続々。業界をリードする浪速の規格外ルーキー加藤敦貴のレベチな思考法
メンズヘアトレンドのひとつとなっている”曲がる縮毛矯正“のパイオニアで、大阪に美容室とアイサロンを3店舗展開する加藤敦貴(かとうあつき)さん。新卒で入社したサロンを1週間で退社し、そこから他店への再就職を考えず、SNSとオンラインサロンを駆使しながらフリーランスとして働くことを選択したそうです。なんとしてでも生き抜かなければという状況下で、頭をフル回転させながら技術を習得。お客さまの悩み解決に応えるべく、”曲がる縮毛矯正“を発案しました。その技術が大ヒットし、1年9ヵ月後に起業、メンズサロン『ulus(ウルス)』を出店。新時代の美容師像を感じさせる加藤さんに、学生時代の話から出店に至るまで、新発想の人材育成について取材しました。
高校時代から友達の髪をカット。専門時代は毎月30人以上も
――大学進学を目指して進学校に通っていた加藤さんが、美容師になると決めたのはいつ頃でしたか?
高校2年の冬です。興味のない勉強で、4年間を費やすことに違和感があって。中学時代からファッションや美容が好きだったので、専門学校のオープンキャンパスに出向き、トータルビューティの教育に注力している学校に行くことを選択しました。ちょうど有名なメンズサロンが大阪に続々と出店していた時代で、僕もメンズサロンの美容師に憧れがありましたね。
地元は鳥取なんですが、美容師になると決めた高校時代から、なるべく方言を使わず、標準語で話すように努めていました。人頭にも慣れたかったので、学校の友人や後輩の髪を見よう見まねで切っていたんです。次第に紹介が増えていって、結構な数を切ってました。専門学校に進学してからはオンラインのセミナーを受講して、動画でメンズヘアを学びました。「サイドに丸みを作りたいときはこうやって切ればいいんだ」というように、パーツ別に頭の中でハウツーを整理しながら友達の髪で練習してましたね。パーマやカラーも試させてもらったりしながら、毎月30人以上は施術していました。
――学生のうちから相当な人数をカットしていたんですね。そんなコツコツ型の加藤さんが、入社したサロンをすぐに辞めてしまったのはなぜなんでしょうか。
美容学校生の就活によくあることだと思うのですが、今の美容業界ってSNSから伝わるイメージと現実が違いすぎて、退職に至るパターンが増えていますよね。僕の場合もそんな感じです。美容学校時代にオンラインで技術を学んできたし、実践でもいろんなことをやってきたので、ここで修行するより、SNSや動画コンテンツを駆使しながら、自分1人でどこまでいけるのか試したいと思ってしまって。かなり博打ではありましたが、再就職の道も選びませんでした。
すぐにシェアサロンと契約したんですが、そこがシステムトリートメントと超音波アイロンを無料で使えたんですね。そこで、女性客を対象にしたトリートメントメニューを主力メニューとしてスタートしました。お手頃なトリートメントメニューが2200円、高価格メニューで6600円。こちらとしては原価ゼロですし、「とりあえずこれでやっていこう」と思ってTikTokで宣伝したところ、それがバズったんです。初月は友達の来店で食い繋ぎましたが、2ヵ月目から一気に客足が伸びて、手取り額30万、3ヵ月目は50万を超えていました。
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