大阪発!ロングの”色気カラー”で絶大な人気を誇る永山徹が登場。地域密着型サロンの下積み時代から『WARREN・TRICOMI NEW YORK』で花開くまでの軌跡

 

 

ニューヨーク発の人気サロン『WARREN・TRICOMI NEW YORK(ウォーレン・トリコミ ニューヨーク)』の大阪店(梅田)で、トップスタイリストとして活躍している永山徹(ながやまとおる)さん。ロングヘアの”ブリーチレスカラー”を発信し、Instagramフォロワー14.9万人を抱える人気美容師ですが、過去には何度も美容師を辞めようと思ったそうです。現在、セミナー講師としても活躍する永山さんのキャリア遍歴を伺いながら、SNSをどのように学んで現在のポジションを確立していったのか、その背景について聞きました。

 


 

最初の7年間は、地域密着型サロンでフリー客がメイン

 

――永山さんは、18歳から業界に入られたそうですね。

 

そうです。通信で美容免許を取得できるサロンがあって、美容師をしていた姉の紹介で入社しました。大阪府堺市にある地域密着型サロンとして、地元の方に長く愛されている繁盛店でした。積極的にコンテストにも参加し、賞も取っていて、真剣に仕事と向き合っている先輩たちに囲まれていたんです。でも当時の僕は、そこまでストイックに仕事に向き合えていなかったと思います。

 

幅広い世代のお客さまが来店されていて、白髪染めやカットのオーダーが殺到し、毎日が忙しかったです。アシスタント時代はひたすらシャンプー。そのあとは、ひたすらカラーをしていました。おかげ様で客数はかなり経験できましたね。デビューしてからの指名売上は月30万ほどでしたが、フリーのお客さまが多かったので毎月100万ほど売上を出せていました。





――そのお店に7年在籍し、梅田のウォーレン・トリコミに転職されたのは、どんなきっかけがあったのでしょうか。

 

デビューしてから3年経っても思い描いた仕事ができず、「美容師を辞めようかな」と思うようになって。そんな時、以前同じサロンで働いていた時の先輩に相談しました。その先輩は、僕が18歳で働き始めていた店舗の店長だったんですが、その後、梅田のウォーレン・トリコミでディレクター職に就いていたんですよね。

「うちの店でもう一度挑戦してみたら?」と言っていただいて。都会の梅田に出れば、また違う美容師の世界があると思うよ、と。ウォーレンと言えば、ニューヨークのセレブ御用達の一流サロンです。でもその頃の僕は美容業界の事情に疎くて、一流店と呼ばれるサロンの存在自体を全くわかっていなかったんです。ウォーレンというサロンについてよく知らないまま、先輩のアドバイスに従って、場所を変えてやってみることにしました。






>郊外から大都会・梅田の『ウォーレントリコミ』に転職

 

 

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