下町に生まれたアマゾン!? LGBT床屋が愛される理由

2016.07.19

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47年の歴史を持つ三河島のヘアサロン「イドヤ」。地域密着型のこのお店は、「LGBTフレンドリー短髪床屋」「床屋女子(美容室難民の駆け込み寺)」とも呼ばれています。お店を切り盛りしている関本 愛子(せきもとあいこ)さんに、3つの顔を持つお店が生まれた背景を伺いました。

 


 

「アマゾンみたい」と言われるヘアサロン

 

ウチって結構カオスな店なんですよ。ゲイのカップルがケンカする横で、「愛子ちゃんはいつ結婚するんだ?」としつこく尋ねてくる頭の固いオジサンの刈り上げをしたり(笑)。足元では看板犬チワワの「イクラ」とそのお友達のワンちゃんが走り回っていて、待合スペースでは70代のおばあちゃんたちが婦人会をしていたり…。ほかにも新宿二丁目のママやSMの女王さまなんかもくるし、本当にいろんな人が入り混じっていて。だから、ウチの店は「ここってアマゾンみたいだね」って言われることもあります。てか、アマゾンって珍しい生き物の宝庫じゃん(笑)。

 

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もともとここは、父が47年前につくった地域密着の床屋だったんです。パンチパーマとかアイロンパーマが得意なお店として有名で、ヤクザさんとか、自分で商売しているとっぽいお兄ちゃんとかが、店の前に高級車とか外車をビッと横づけして入ってくる…そんなところだったの。

 

LGBT向けのサービスを始めたのは、新宿二丁目のお客さんに勧められたことがきっかけ。最初のころはサイトを作ってちょこちょこやっていた程度でした。私がXジェンダー(女性・男性の性別のいずれでもないという性別)をカミングアウトして、BLOGを始めたり、お店にいろんなものを置き出したりしてから、イドヤに新しい顔が生まれたっていう感じかな。

 

死んでも想いは残る…裸の心で生きていきたい

 

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私は「親が床屋だから」っていう理由でなんとなく理容師になったんです。ところが、あるとき父が倒れて、お店を継ぐことに。両親は「見て覚えろ」っていうスタンスだったので、自らいろんなところに足を運び、お金を払って、これでもかっていうくらい理容と美容について勉強して…。それで技術に自信をつけて、地域の床屋としてやっていこうと思ったんですが、3.11を境に私のなかで変化があったんですよ。

 

震災で失われる命があり、残される命がある…自分が何のために生かされているのか考えるきっかけになりました。ちょうどそのころ、有名な大女優さんが亡くなったんです。私はあんまりテレビを見ないんだけど、偶然その女優さんの自宅に霊能者が入るっていう番組をやっていたの。

 

その女優さんの日記には、某俳優さんとの許されない恋愛についてとか、誰かへのうらみつらみとかが赤裸々に書かれていたわけ。余計なプライドのせいで仕事を選んでいたり、本当の素直になれなかったりして、相当苦労されていたみたいなんですよ。で、その大女優さんは最後に孤独死をした…。

 

テレビを見ていて鳥肌が立ったし、「死んでも想いは残る」ということを痛感しました。そこからですね。カミングアウトしたり、自分の世界をブログやお店で表現したりするようになったのは。

 

 

>刈り上げとセックスはほぼイコール

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