「仕事をもらうために何度も売り込みにいった」apish堀江昌樹さん。ヘアライター佐藤友美がみた”美容師列伝” 第3回「遅れてきた人」

ダメだしされ、凹まされ、それでもまた企画を持ちこんで

 

 

 ちょっと話は遡ります。

 ちょうど5年前。2010年の年末、人がごったがえす渋谷の飲み屋で、私は初めて堀江さんにお会いしました。

 veticaの内田さんと、FLOWERの浦さんと忘年会をしようという話になったとき、内田さんが「もう1人、連れて行っていいですか?」と紹介してくれたのが、堀江さんだったのです。

 

「はじめまして」と名刺交換して「堀江昌樹」という名前を見たとき、「わ! あなたが、噂の堀江さん!」と、すぐ口に出たのは、つい数カ月前に、知り合いの編集さんから堀江さんの話をずいぶん聞かされていたからでした。

 

 その編集さんは「ゆみちゃん、もし若手の美容師さんでページ作ることがあったら、ぜひこのapishの堀江さんって人、指名してあげて」と猛プッシュし、私に堀江さんが書いたという企画書と、その企画のために撮影されたヘアスタイルの写真を渡してくれました。なんでも、毎月のように企画を持って編集部に売り込みにきてくれるのだとか、とても熱心だから応援してあげたいとか、そんなことを聞きました。

 

 渋谷でお会いしたとき、その企画書の内容までは覚えてなかったけれど、筆圧の低い、薄くて丸っこい字で書かれた企画書に漂っていた「真面目で誠実」な雰囲気はよく覚えていました。目の前の堀江さんも、やっぱり企画書の文字のように、あっさり薄い顔立ちの、真面目で誠実そうな人でした。

 

 ここから先は、私があとで聞いた話です。

 

 堀江さんは、「東京にいって雑誌で活躍しまくる美容師になりたい」と思ってapishに入社した人です。でも、自分がスタイリストデビューしたときは、カリスマ美容師ブームが終わりapishに撮影の仕事はほとんどなくなっていました。

 

 やる気はあるのに、発表できる場所がない。このままでは夢を追いかけるステージにすらのぼれないと思った堀江さんは、自分の作品と企画書を持って編集部まわりを始めたのだそうです。その企画書は、まわりまわって、私の手元にも届きました。

 

 はっきり言って、その当時の編集部への売り込みは、最悪の環境だったろうと思います。

 企画に対しても作品に対しても厳しい意見を言う人が多かった時代だし、人によってはあからさまに「暇じゃないんだから、さっさと話をして」という態度をとる人もいたと思います。

 そのあたりを聞いたら、堀江さんは「まあ、確かにそういうこともときどきありましたけれど、ダメだしされたら『もっと頑張れ』というメッセージだと思ってまたトライしました」と、スーパーポジティブなレシーブをしてくれました。

 

 何度も編集部をまわっているうちに、ひとつ、ふたつと撮影の仕事をもらえるようになり、その仕事が評価されて次の仕事につながり。

 そうして、堀江さんは同世代で先にブレイクした人たちから数年遅れて、雑誌で引っ張りだこのデザイナーとなっていったのです。

 

 はたからは、トントン拍子で活躍しているように見えるかもしれない堀江さん。だけど、最初から順風満帆だったわけじゃなくて、ダメだしされ、凹まされ、それでもまた企画を持ちこんで食らいついた時期があったからこそ、今の堀江さんがあるのだなと感じます。

 

「やりたい」と言うのは簡単。でも、実際に「やる」人は、100人に1人、いや、もしかしたら1000人に1人かもしれない。待っていても手に入らないチャンスなら、自分からつかみにいってもいいじゃないか。

 

 実は、私もここ数年、企画書を持って編集部をまわっています。堀江さんがされた苦労ほどじゃないけれど、けんもほろろにボツにされることのほうが多い。歳下の編集さんにダメ出しされまくることも多い。でも、中には企画に興味を示してくださる方や、一緒に仕事をしようと言ってくださる方もいます。

 今さらながらに仕事って、口をあけてぼーっと待っているものじゃなくて、自分で獲りにいくものなんだな、と感じています。

 私は、堀江さんに、「やるときめたら、つべこべ言わず、いちいち傷ついたりせず、とにかくやる」という、すごくシンプルで、でも、この世の中で一番強い真実を教えてもらったのでした。

 

 とても感謝しています。そして、これからもよろしくお願いします。

 

-Profile-

 

遅れてきた人/apish 堀江昌樹

 

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1981年、滋賀県出身。ル・トーア東亜美容専門学校卒業。現在は、『apish』全店舗を統括するクリエイティブディレクターを務める。ナチュラルからエッジの効いたスタイルなど幅広いデザイン力で多くの雑誌媒体で活躍中。

 

文・佐藤友美

 

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美容サイトの草分け的存在「サンドリヨン」の編集長を経て、雑誌、書籍での執筆を重ねる。15年間にわたってヘア専門のライターとして活動し、全国各地でセミナー、講演を行う。著書に「フォトシュートレッスン」(髪書房)「美容師が知っておきたい50の数字」「美容師が知っておきたい54の真実」(女性モード社)など

 

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