ARMONYしまさん初登場【厳しさも不条理も、すべてが自分の成長の糧】マンツーマンサロン展開の裏にあった、徹底した自走思考。ストレスなき高単価サロンの真実

首都圏を軸に大阪・名古屋へと展開し、計6店舗を安定運営するARMONY(アルモニー)。その中核にあるのは、単なる技術力でも、立地でもなく、“考えて実行する”美容師を育てる設計そのもの。代表の“しまさん”は、恵まれた育成環境でキャリアを積んできたわけではなく、むしろ放任に近い現場で、離職を生む構造を数多く目の当たりにしてきました。その“負の体験”こそが、「現在の経営の原点になっている」と語ります。ARMONYが武器とするのは、完全マンツーマンを軸に、ストレスなく高単価を実現する仕組み。さらにインハウスでの薬剤開発、オンラインサロンによる教育と流通を掛け合わせることで、技術と収益の両立を実現しています。なぜARMONYというサロンが生まれたのか。その背景を紐解きます。
“何も知らずに入った”表参道、すべてはそこから始まった
――まずは経歴から伺わせてください。
神奈川出身で、美容学校は家から近い町田美容専門学校に通っていました。卒業後は「表参道で働きたい」というシンプルな理由で、ヘアディメンションというサロンへ。当時は有名店として知られたサロンでしたが、僕は正直そこまで理解していたわけではなくて。面接を受ける中で初めて「こういう世界があるんだ」と知った感じですね。
ただ、そのサロンは入社から1年半で、突然閉業してしまって。でも当時は、それが特別な出来事だとは思っていなくて、「そういうものなのかな」と、割とフラットに受け止めていました。

――かなりインパクトのあるスタートですね。2社目は?
次に入ったサロンも、結果的には閉業するんですが、かなり特徴的な環境でしたね。早期デビューを打ち出していて、それに惹かれて入社しました。当時は早期デビューがまだ一般的ではなかったので。
ただ、オーナーがかなりストイックな方で、自分に厳しい分、スタッフにも同じレベルを求める。その結果、スタッフの入れ替わりが激しくて。席数は多いのに、常にスタッフ6人前後しかいないような状態でした。

――その中で、なぜ続けられたのでしょう?
僕にとっては、厳しさ自体は問題じゃなかったんです。オーナーが言っていることは本質的に間違っていなかったので。自分は「成長できるなら耐えられる」タイプなので、そこは気にならなかったですね。無駄なコミュニケーションは省いて、必要な学びだけ取りに行く。そんな効率重視タイプだったからだと思います。
ただ一方で、「なぜ人が辞めるのか」という構造的な違和感はずっとありました。お客さまは来ていて賑わっているのに、スタッフが定着しない。この矛盾は大きかったです。
――その経験は、今にどう繋がっていますか?
かなり直結しています。結局、モチベーションが違う人に同じ強度で指導しても続かないんですよ。トップ志向のオーナーと、そうでないスタッフの間にギャップがあると、どちらかが無理をすることになる。それを現場でリアルに見てきたのは大きかったですね。
