イギリスと日本での共同経営!? myak 正村優佳さんが独立して作りたかったのは、人と人の繋がりを大切にする場所

 

都内ブランドサロンに新卒で入社し、10年。順調なキャリアを築いていた正村優佳(まさむらゆうか)さんが、2026年8月に、東京・北参道で新たなサロン『myak(ミャク)』をオープンしました。

イギリスを拠点にヘアメイクアーティストとして活動するMASASHI KONNOさんと共同代表という形で始まったmyakは、どんな思いを込めて作ったサロンなのでしょうか。工事の遅延や、慣れないエリアでの70連勤、時差9時間の中で重ねたミーティング──紆余曲折を経てようやく完成したという新店舗で、独立までの軌跡を伺いました。

 


 

自分の中に生まれた新しい選択肢に、賭けてみたくなった

 

 

─『myak』オープンおめでとうございます! 独立に向けて動き出したのはいつ頃でしたか?

 

ありがとうございます。本格的に動き出したのは、1年半前くらいですね。実は、myakは、美容学校の先輩であるMASASHIと共同経営という形でオープンしたサロンなんです。MASASHIは今イギリスを拠点にヘアメイクとして働いていて、アート系の雑誌やVOGUE、アパレルブランドのルック撮影などで活躍しています。

 

彼がまだ日本で仕事をしていた頃に、よく飲みに行っていて。仕事のことや普段考えていることを語り合う中で、MASASHIから「一緒に何か始めようよ。サロンやらない?」と言われたことが全ての始まりでした。最初は、お酒の勢いもあるだろうと思い、私も半分冗談で「いいね、やろう!」と答えたんです(笑)。でも、その日を境に「そういうのもありなんだ」と自分の中に新しい選択肢が生まれて、お店を持つことを考えるようになったんですよね。

 

 

新卒から10年働いた前社では、ありがたいことに店長を任せていただいたり、サロンのビジュアル撮影をさせてもらっていました。私自身も前社に貢献し、より良い環境を作るにはどうしたらいいのかを考えながら働いていたんです。とはいえ、前社は大きいお店なので、一人で変えられることにはどうしても限りがあります。そんなタイミングでふと生まれた新たな可能性に、賭けてみたくなったんですよね。

そこから、MASASHIを「本気で考えてる?」「でもあなた美容師じゃないじゃん、しかもこれからイギリス行くんでしょ?どうするの?」と詰めていって(笑)。彼が本気だとわかり、物件を探し始めたのが1年半前のことです。

 

 

─日本とイギリス。2拠点からの共同経営、ということですか?

 

そうです、不思議な形ですよね。MASASHIは数年のうちに日本に帰ってくるそうなので、戻ってきたときに仕事ができる箱と、自分の裁量で動かせる会社が欲しかったのだと思います。

私の主軸はサロンワークなので、どういう会社を作るにしても、まずはサロンが欲しいということを伝えて、myakを作ることになりました。ゆくゆくは、カメラマンやヘアメイクアーティストなどのクリエイティブチームが所属できる会社にして、myakに所属している人達が業界で活躍できるような形を作りたいと思っています。

 

時差9時間で進めるオープン準備は、時間との戦い

 

 

─オープンまでの準備は、どのように進めたのでしょうか?

 

MASASHIがイギリスに渡った後から動き始めたので、向こうが朝でこちらが夜、みたいな状態でミーティングをしていました。

自分のお店を出す運びにはなったものの、基本的に私はプレイヤーでいたいという思いが強いんですよ。なので、物件のオーナーさんとの連絡や融資の件は、MASASHIに動いてもらっていました。とはいえ、オープン時期を考えるとタイムリミットがありますし、内見などは日本にいる私がやるしかないので、そこは私が休日にやって…と上手く分担してやっていました。

 

今お店が入っているこの物件は新築で、見に行った時点ではまだ建築中だったんですよ。でも、天井が高くて開放感があり、駅から近くて、周りも騒がしくない。事前に擦り合わせていた条件にピッタリだったので、イギリスには写真も送らず、私の直感で申し込みました。MASASHIには事後報告でしたが、「了解」という感じでしたね(笑)。寛容で楽観的なんですよ、彼。

 

写真左から、正村さん、MASASHIさん、スタッフのコウノスさん

 

─オープンまでで、1番大変だったことは?

 

いや…もう、何もかもが大変でした。その中でも1番というと、やっぱりオープン時期が遅れたことですね。内装自体は予定通り完成したのですが、建物自体の配管など、基礎工事が終わらなかったんです。それに伴って消防系の審査などもズルズル長引いて、3月末の予定が実際にオープンできたのは8月。前社を退社する時期は決まっていたので「どうしよう、働く場所がない!」とかなり焦りました。

 

─4カ月の遅延…! 実際、その期間はどうされていたんですか?

 

実は夫も美容師で、夫が店長を務めている新宿のサロンで一緒に働かせてもらっていました。面貸しのフリーランスサロンで働くことも考えたのですが、私は生涯一人で働くことはないと思っているので、短い間だとしても、できればどこかのチームに加わって働きたかったんです。エリアが変わる不安以上に、チームで働くことの方が私にとっては大切だったんですよね。

 

 

実際、新宿にいたのは短い期間でしたが、そこで働かせてもらっている間は「自分もそのサロンの一員なんだ」という気持ちでいました。せっかく働かせてもらうなら売上の面でも貢献したかったし、私がいることで何か一つでも良い変化をうみだせたらなと思って、働き始めた当初は70連勤したんですよ(苦笑)。

今思えば、期限があったからこそできた無理ではありました。でも、私がそうやって働く姿を見て、営業時間前の出勤を増やしている子達もいて。自分の姿が少しでも刺激になったのなら、私がそこにいた意味は多少あったのかなと思います。

 

ちなみにその期間、MASASHIはMASASHIで大変だったと思います。建物自体の工事の遅延なのでこちらは待つことしかできない中、「なんでまだできないの!」と憤る私をなだめつつ、オーナーさんと契約について話し合って…。私も、彼に言っても仕方ないことは分かっていたのですが、吐き出すところがそこしかなくて(笑)。上手く受け流しながら手続きや細かい調整を進めてくれて、そこは本当に助かりました。

 

>普通のサロンにするつもりはなかった

 

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