【フリーランス5年目にして銀座で挑戦】苦境もインバウンドも力に変える。西田智美が目指す「髪を超えた美容師」のかたち

26歳でフリーランス美容師へ転身した西田智美(にしだともみ)さん。大手サロンで経験を積み、独立後は一時、売上が思うように伸びず、自信を失った時期もありました。そこから技術を磨き、少しずつ顧客を増やす中で出会ったのが、インバウンドのお客さま。海外のお客さまとの出会いは、英語を学ぶ原動力にもなっています。
そしてこのほど、拠点を恵比寿から銀座へと移したという西田さん。今、一人ひとりのお客さまとより深く向き合い、新しいステージを歩みはじめています。美容師としての技術、フリーランスという働き方、インバウンド顧客との出会い。自分らしい美容を追求し続ける西田さんの現在地と、これからを聞きました。
「表参道で働きたい」から始まった、26歳のフリーランス
――まず、これまでのキャリアについて教えてください。
東京出身で、国際文化理容美容専門学校を卒業して、最初は都内の大型サロンに入りました。学校の先生から勧めてもらったのがきっかけで、会社説明を聞いたときに理念にも惹かれて。郊外だけでなく、表参道や青山にも展開していたので、本当はそちらで働けたらいいなと思っていたんですけど、最初に配属されたのは目白店でした。
でも、今振り返ると、目白から始められたことはすごく良かったと思っています。学習院大学が近いこともあって、いわゆる「ごきげんよう」と挨拶する雰囲気の方も多くて(笑)。シャンプー&ブローで来られる大人のお客さまを担当する中で、若いうちから接客や立ち振る舞いを学ばせてもらいました。教科書で勉強するのとは違って、実際のお客さまとのやりとりの中で肌で感じたことがたくさんありましたね。
特にアシスタント時代に力を入れていたのが、シャンプーです。ありがたいことにシャンプー指名をいただくことが多く、指名が重なることもありました。そんなときは、私のシャンプーのタイミングを軸にフロアが動いていくような、不思議な感覚でした(笑)。当時は、アシスタントが売上を立てる仕組みがなかったので、最終的には特例として、私だけは一人でお客さまを担当できるルールをサロンにつくってもらったほどです。
シャンプー自体も好きでしたし、指名をいただけることも嬉しかった。でも、それ以上に「早くスタイリストとしてお客さまを担当したい」という気持ちが強くなっていきました。そこで、モデル施術や技術練習にも力を入れ、できるだけ早くスタイリストとしてデビューできるよう努力しました。
――順調にキャリアを重ねていく中、大型サロンを辞めてフリーランスになったのは、何かきっかけがあったのでしょうか?
「一度、表参道で働いてみたい」という憧れがあったんです。それで大型サロンを退社し、表参道の個人サロンに転職しました。実際に2カ月ほど働いてみたのですが、次第に「私のお客さまの層とは合わないな」と感じるようになって。
目白の大型サロンは、大人のお客さまがメインの落ち着いた雰囲気。表参道の個人サロンは、若いお客さまが中心。まったく正反対の環境に移ったことで、当然、既存のお客さまも戸惑ったと思います。「西田さんにやってもらいたいけど、この場所には来たいと思えない」と言われて。その言葉を聞いて、初めて気づいたんです。「あ、場所が一番大事なわけじゃないんだ」って。
当時は「表参道で働きたい」という気持ちが先走っていたんですよね。でも、お客さまが「西田さんにやってもらいたい」と思ってくださるのであれば、必ずしも立地にこだわる必要はない。そこから、「だったら、自分で働く場所を選べるフリーランスという働き方もありなんじゃないか」と考えるようになりました。
だから、最初から「絶対にフリーランスになる」と決めていたわけではありません。いろいろな出来事を経験して、お客さまからの言葉をきっかけに、自分に合った働き方を考えていった。その結果として、フリーランスという選択肢にたどり着いた、という感じです。
