俳優として未完成だからシンバ役を10年続けられた  

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大変とか、辛いとか、考える余裕もなかった

 

上京して演劇の専門学校を在学中、オーディションを受け劇団四季に研究生として入団。朝から夜まで稽古をしていました。

 

呼吸をコントロールする劇団四季の方法論を勉強したり、ミュージカル作品の楽曲の練習をしたり…稽古場が全部埋まっていたので、仲間と一緒に近くの公園で練習したこともありました。

 

稽古場に空きができる夜に戻って日が変わるまで「こうやって声を出したら声が枯れない」「あの先輩はこうやっていた」と歌や演技のことで仲間と語り明かしたことも少なくないです。

 

ダンスに関しては、経験がなかったのでみんなについていくのに必死でした。でも、歌にしても、ダンスにしても、大変だとか、辛いだとか、ネガティブに考えたことは一度もなかった。とにかく、食らいついていくしかないし、できるようになるしかない。そういった感覚でした。

 

そんながむしゃらな毎日でしたが、『ライオンキング』のシンバ役はずっと意識していました。「いつかは自分が…」という想いが次第に強くなり、配役を決めるための座内オーディションでもシンバの歌を選択。めでたくオーディションに合格したのですが、そこからが長かった。僕はすぐにでも舞台に立てるものだと思っていましたが、そんなに甘いはずもなく、10か月以上稽古を続けました。

 

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シンバ役を即降ろされ1週間の特訓 

 

厳しい稽古を経て2005年に初めてシンバ役として舞台に立ったときも、あまりに必死すぎて「夢が実現した」という、気分にはなれませんでした。しかも、その日に演出家から「稽古場に戻れ」と言われてしまったんです。何がよくて舞台に上がれたのか、何が悪くて降ろされたのか、全く分かりませんでした。

 

そこから1週間、演出家から僕の指導を任せられた先輩による稽古が毎日続きました。僕は先輩に言われたことを愚直に繰り返すだけ。演技や歌の指導というよりも、台本の言葉を明瞭に客席に届ける発声法や、作品を演じ切るための体の準備など、徹底的に基礎づくりをすることが中心でした。

 

俳優は、演じているうちに感情が高ぶって息が浅くなったり、表現欲を出したりしてしまうもの。作品の世界観を崩さないためには、そういった余計なものを取り除くことが大事。今考えると、そのための特訓だったのだと思います。

 

1週間の特訓を経て、再びシンバ役として出演させてもらえるようになったのですが、最初のころは張り切りすぎて体がついていかない時期もありました。見かねた先輩から「『ライオンキング』は主役からアンサンブルまでいて、シンバが主役のサクセスストーリーじゃないんだ。みんなでつくるものだろ」と言われたことも。

そのとき学んだのは、手を抜くのではなく、「意識的に力を緩める」ということ。四六時中、力が入っていると必要以上に疲れるし、張り詰めたままではいざというときに普段の力を発揮できない。そんな大切なことを学びました。

 

>心の恩師の言葉「慣れるなよ」

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