びよう道 vol.15 HEAVENS 小松 敦さん 〜たとえセンスがあったとしても、それを人に伝えられなくては意味がない。そう思って僕はやってきた〜

2020.04.03

 

美容室でも待遇や休日が大切と言われる時代。もちろんそれも大切ですが、美容人生のどこかで“心も体も美容でいっぱい”という時期があってもよいかもしれません。

 

「びよう道(みち)」は、そんな地道で壮大な鍛錬の道を歩んできた“美容の哲人”に、修業時代に一人前になったと思った瞬間や美容の哲学など、それぞれの美容の道を語っていただく連載企画です。

 

第15回目は、Heavensの代表、小松 敦(こまつ あつし)さんに、修行時代のマインドや象徴的なエピソード、美容師なら知らない人はいないツーセクションカット誕生の背景などについて伺いました。志の高い若手美容師さんにぜひ読んでいただきたいインタビューです。

 

 


 

覚醒するまで一心不乱に美容に取り組むと決めていた

 

 

僕は修行時代に厳しいと思ったことがないんですよ。父親が建築関係の仕事をしていて、職人さんもよく家を出入りしていたから、職人の世界は厳しいのが当たり前だと知っていたんです。美容師も職人の世界じゃないですか。個人的には、美容師という職業を特別なものと見ていませんでした。料理人や建築家、アパレルデザイナーなどのような“作り手”になりたいという感覚で選んだ仕事です。高みを目指してやっていくために、当然困難もあるだろうと考えていました。自分が美容師として覚醒するまで、一心不乱に取り組むと決めていたんですよ。

 

 

技術や知識って、いくら身につけても天井がありません。これがたとえば、体力の場合なら、走りすぎて足がつったり、走り終わって倒れこんだりする経験があるから、なんとなく自分の限界がわかると思います。でも、技術や知識って自分の可能性の天井がどこなのか、誰も知らないわけです。とにかく目の前の一つひとつをしっかりやって、結果で示していくしかないと思っていました。

 

やってもやってもキリがないので、自分のことを一人前だなんて思ったことはなかったです。でも僕がヘアショーに出演した折に、家族に来てもらい、「ヘアデザイナー小松」としての姿を見てもらえたことは、大きな出来事でしたね。ちょうど田舎に帰るかどうか気持ち的に迷っているタイミングだったこともあり、家族に認められたことで、東京でやる覚悟が強まったし、一段ギアが上がった感覚があります。僕は長男ですが、東京で好き勝手やらせてもらっていたわけで、家族に迷惑をかけているなぁっていう気持ちもあったんですよ。

 

カットチェックの当日、急遽、電車の車内や駅でモデルハント

 

 

アシスタントのころの勉強会は厳しくて、一度じゃ受からないチェックもたくさんありました。モデルさんを連れて会場でチェックすることもあったんですが、当日の朝にモデルさんがキャンセルになってしまったことがありました。キャンセルの連絡を受けてからはとにかく必死で、吉祥寺から渋谷に移動する間、電車の車内を駆け回って声をかけたんですが、知らない相手からいきなり髪を切らせてくださいなんて言われたら怖いですよね。だから全然つかまりませんでした。

 

渋谷に着いてからも改札の中でずっと声をかけ続けたんですがそう簡単に捕まるものでもありません。もう試験の開始時刻は過ぎていたんですが、最後に3分だけ…と粘っていたら、一度声をかけた人が近づいてきて「モデルがいないと困るんですか?」と言ってくださったんです。どうやらお友達に美容師がいたらしく、モデルさん探しが大変なことを知っていたようなんですね。

 

 

その方はキレイな長い髪をしていたんですが、その時の試験の内容がかなり短いショートだったんですよ。今みたいにスマホもないから、その場でデッサンして「こんな感じになりますけれど大丈夫ですか?」と尋ねると「その後も私の髪の面倒を見てくださるんですよね」と言ってくださって。

 

実際にそのモデルさんはご結婚後、引っ越しするまでお客さまとしてきてくださいました。一生懸命さや熱量は人を動かす力があると知った出来事ですね。こんな風に僕は、周りの人に助けられたから、仕事を続けられたのだと思います。

 

>技術は、繰り返しやすく、認めやすく、広めやすいことが大事

 

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