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JHAグランプリ受賞! 「Double」根本貴司さんに聞く美容師さんとコンテストの関係

qjnavi double nemoto 4 JHAグランプリ受賞! 「Double」根本貴司さんに聞く美容師さんとコンテストの関係

 

数多くの美容コンテストが存在するなか、「ジャパンヘアドレッシングアワーズ(JHA)」は、年間を通じて活躍し、素晴らしいデザインを発信し続けた美容師に贈られる権威ある賞です。

 

でもコンテストを受賞することはそもそも美容師さんにとって重要なのか? そこで2015年にグランプリを受賞した「HEARTS/Double」の総店長を務める根本貴司(ねもとたかし)さんに、コンテスト出場の経由やグランプリ作品の誕生秘話などを伺いました。

 

【ジャパンヘアドレッシングアワーズ(JHA)とは?】

英国の「BRITISH HAIRDRESSING AWARDS」を参考に始まった催し。「オフィシャル・アワーズ」と「アプリケーション・アワーズ」の2つの分野があり、根本さんが応募した「オフィシャル・アワーズは、国内の美容専門誌に年間10点以上掲載されたヘアデザイナーのみ、エントリーされます。掲載作品のうちの最大4作品を本人が選んで応募。エントリーしたヘアデザイナーが応募したすべての作品の中から、グランプリをはじめとする各賞が贈られます。

 


 

アシスタント時代の苦労? ないですね

 

qjnavi double nemoto 5 JHAグランプリ受賞! 「Double」根本貴司さんに聞く美容師さんとコンテストの関係

 

-根本さんが美容師を志したきっかけは?

 

僕は福島県の出身なんですが、実家が美容室で母親が美容師をしているんですよ。田舎の美容室なので、自宅兼みたいな感じで(笑)。美容師の家というのが普通の環境だったので、しょっちゅうお店に出入りしては、ハサミでいろいろなモノを切って遊んだり、怒られたり、近所のおばちゃんにおこづかいもらったりしていました。そんな環境だったので、美容師がすごく身近だったんでしょうね。

 

「これからはインターネットの時代だ」と思って電子工業を学ぶ高校に入学したものの、高校2年生のときに急に、「髪切ってみたい!!」と思い始めて、それからもう、そっちの方向に進みたくて授業も身に付かなくなっちゃって。先生に相談したら、「分かった」って。

 

-先生も驚いたんじゃないですか?

 

それがそうでもなくて。電子工業なので理数系の学校なんですけど、もともと理数系の思考回路じゃないので、「大変なところに入っちゃったな」って思っていたんですよ。先生も「そっち(美容師)の道の方が向いているんじゃないか」と内心、思ったんじゃないかな(笑)。

 

-仙台の専門学校を卒業して、すぐに「HEARTS/Double」に就職されたんですか?

 

いや、ここは4店舗目ですね。最初は都内の下町にあるサロンで、シャンプーや掃除などをしっかり叩き込まれました。だから今でもシャンプーは得意ですよ(笑)。それから、経験を積むうちにもっといろいろなことを見てみたいという気持ちになって、都内2店舗で働いたのちに「HEARTS」に転職しました。

 

その頃はまだ、「HEARTS」しかなくて、小さなサロンだったんですが、たまたま代表の山下の記事を読んで、「ここに入りたいっ!」って。入社したのがちょうど美容師ブームのはじまりの時期だったんですが、すごかったですよ。シャンプー台の隣に椅子がズラーッと並んでいて。すべてシャンプー待ち合いに入りきらなかったお客さまなんです。そういう部分でも、今までのサロンとは全然違う。驚愕でしたね。もうわけのわからない感じでした(笑)

 

-アシスタント時代とか、デビュー当時に苦労されたことはありますか?

 

以前のサロンではいきなりカットを任されるということもあったのですが、「HEARTS/Double」に入社してからは、またシャンプーのアシスタントから始めて、キャリアを積んでいきました。でも、辛かったっていう記憶はないですね。練習が終わったあと、同期の西村光太郎(Double副店長)と居酒屋に行って「俺はデビューしたら、白シャツ着て上からレイヤー入れるから、光ちゃん、マネしないでね!」と、くだらないことを語り合っていたのを覚えています(笑)。

 

それから、まだパーマを1人で巻かせてもらえない時期には、スタイリストがパーマのかかり具合をチェックしたあとに、テストカールを巻き直すのを狙っていました。シャンプーしながら横目で確認して、「もうそうろそろだな」って。そのテストカールを最高にキレイに巻いてやろう! とニヤニヤしながら巻いたこともありました。考え方だと思うんです。楽しくなるのも苦しくなるのも。ものすごい量の撮影もあったし、営業もパンパンだったから休みなんてほとんどなかったけど、そんな中でも「早く技術者になりたい。早く髪切りたい」と思いながら仕事をしていました。

 

そういう意味で、アシスタント時代に辛いと思ったことは一度もないと思いますね。社長(山下氏)を始め、同僚や同期に恵まれていたんでしょう。スタイリストにデビューしてからも、辛かったことは思い出せないですね。営業中にハサミを持ってお客さまのカットができるなんて、楽しくて、楽しくて。

 

>グランプリ作品の誕生秘話

 

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