AFLOATで11年。銀座で売れるだけじゃ終わらない。“顔まわりの職人”水野涼太が武蔵小杉へ。MIRI by AFLOAT始動「全世代に愛されるサロン」をつくる

 

デビュー後、売上は月20〜30万円。“売れない時代”が続いた

 

——ただ、デビュー後は苦しかったそうですね。

 

苦しかったですね。デビュー初月は、モデルさんや友達が来てくれるので売上が立つんですよ。でも、その後が続かなかった。気づいたら月20〜30万円くらいが延々と2年くらい続きました。

 

同期はどんどん売れていく。後輩も売れて、予約がぎっしりと埋まっていく。その一方で自分にはお客さまを呼ぶことができなくて、営業中もやることがないんです。「このままだとまずいな」っていう焦りは常にありました。


 

 

——現場に立っていることが苦しくなかったですか?

 

もちろん苦しかったです。でも売れていく仲間を見ていて、不思議と嫉妬心はなかったんですよね。ただ、どこか本気になりきれていなくて、現実から目を背けている自分がいました。

 

その頃、サーフィンにハマっていて、仕事よりもサーフィン中心の生活だったんですよね。サロンにいても暇ですから、そんな自分の心の拠り所になっていたのがサーフィンだったというわけです。当時は学芸大学に住んでいたのですが、暗いうちから車を飛ばして湘南まで行くんです。朝5時から海に入って、7時に上がって、そこから学芸大学の家に戻って、シャワー浴びて銀座の店舗へと出勤。それを毎日やってました。

 



 

 

サーフィンをやめて、Instagramに人生を賭けた

 

——そんな水野さんの転機はInstagram?

 

ある時、売れている後輩に言われたんです。「サーフィンって、売れてからでもできますよ」って。それがめちゃくちゃ刺さって。確かに、今の自分は美容よりサーフィンに全てのエネルギーを使ってるなと思ったんですよ。

 

そこで、「本気で変わろう」と決めました。サーフィンをやめて、空いている時間を全てInstagramに振ったんです。まず集客サイトのヘアスタイル投稿は、毎日。時間をずらしながら12本。Instagramインスタグラムは毎日3投稿。ストーリーズも何本も上げる。ヘアスタイル写真を投稿するために、毎日モデルを呼んで撮影する。

 

何かに没頭すると、僕は止まらないタイプなんです。投稿する写真がなくなれば撮影する。撮影したら即座に編集して、投稿する。その反響を見て、反応が良いデザインや傾向を探る。何が正解かなんて、当時は全く分からなかったです。ただ、「今の自分を変えたい」という気持ちだけで動いていました。

 

 

 

——結果が出始めたのはいつ頃ですか?


3カ月くらいで新規の方が来てくれるようになりました。でも、確実な手応えを実感できたのは1年後くらいです。

 

最初は本当にしんどくて。でも、Instagramって“タイムラグ”があると思っていて。やることをやって、信じて続ける。そうしたら、少しずつお客さまが来てくださるようになりました。

 

そして気づいたんです。「自分の武器を、もっと尖らせなきゃいけない」って。

 

 

 

「顔まわりなら、全世代に届けられる」と気づいた

 

 

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