二十歳の頃、どう過ごしてた? GARDEN 津田恵さんの二十歳の頃。
─当時は、どんなスケジュールで毎日を過ごしていましたか?
まず、朝は7時集合で朝練が始まって、その後は店舗の掃除。一口に掃除と言っても、当時私が配属されていた原宿店は200坪くらいあって、セット面の数も40席。体育館かな?と思うくらい広かったので、営業前に掃除を終えるだけでも一苦労でした。目が回るほど忙しい営業が終わったら0時頃まで練習して、先輩に呼ばれて飲みに行って、気づけば4時、5時…みたいな。
毎日数時間しか寝ていませんでしたが、もちろん、みんながみんなこういう生活をしていたわけではありませんでした(苦笑)。それにオススメもしません(笑)。私はもともと体力がある方だったし、積極的に、時には無理してでも飲みの場に参加していたんですよね。
─人脈作りの一環として、でしょうか?
それもありますね。撮影など外部の仕事がしたいという思いがあって東京に出てきたので、カメラマンさんや編集の方がいる場に呼んでもらいたいなと思って。そのためにはまず、日頃の飲み会から顔を出しておかないと声がかからないんですよ。先輩たちに「津田は、呼べば来る」という印象を持って欲しくて積極的に行っていたら、気づいたら毎回呼ばれるようになってしまいました(笑)。

体力的には大変でしたし、睡眠時間同様、今の子たちにオススメする気は一切ないですが、個人的にはやっておいてよかったなと思っています。
というのも、先輩の話を聞ける機会って、普通に働いていると意外と少ないんですよ。GARDENではチーム制でサロンワークをやっているので、営業中は自分の専属のスタイリスト以外と話す機会がほとんどない。なんなら、忙しくて専属のスタイリストとすら喋れないほど。だから、ゆっくり喋れる夜の時間に、営業中に考えていることや自分に対する評価、今までの経験談などを聞いて、盗めるものは全部盗もうと思っていました。
それと、人脈作りとは少し違うかもしれませんが、撮影の仕事が多いスタイリストへの自己アピールの場としても活用していました。
当時、特に撮影の件数が多かったのが秋庭(千菜さん)と河野(悌己さん)。せっかくGARDENに入ったのだから、その2人のうちどちらかのアシスタントについて、近くで仕事を見たいと思っていましたが、二人は銀座店にいて。なかなか会える機会もない中で、飲み会は接点を作れる絶好のアピールチャンスだったんですよね。

飲み会だけでなく、社内社外問わず、気になる美容師さんのセミナーがあったら勝手に行ったりもしていて、大阪で開かれるセミナーに参加したこともあります。ちなみに交通費も受講料も自腹です(笑)。そんなことをしているうちに、向こうが「あいつ、なんかいつもチョロチョロ居るな」と覚えてくれて、銀座店に異動することになりました。
─アシスタント時代、大きな失敗などはありましたか?
それこそ、先輩方と朝方まで飲むことが多かったので、遅刻してしまうことはありましたね…。本当に、恥ずかしい話ですけど。
なので、途中からはなんとかして寝坊しないように工夫をするようになりました。正座して寝てみたり、身体が痛くなって起きるように座ったまま寝てみたり、冷蔵庫にもたれて寝てみたり…。シャワーを浴びながら寝たこともありましたね。何時間寝ていたのかわからないんですけど、途中で水になってその冷たさで起きました。シャワーはずっと出しっぱなしにしていると水になるんだ、と学びました(笑)。
─アシスタント時代、特に頑張っていたことは?
モデルハントですかね。当時は、撮影用のモデルさんを見つけると現場について行けたので、外部の仕事に呼んでもらうために必死にやっていました。実際に、いくつもの撮影に連れて行ってもらいましたが、毎回すごく楽しかったです。

今仲良くしてくれている他のサロンのスタイリストの子たちも、当時は私と同じように撮影のアシスタントで来ていて出会った人ばかり。今でも「あの頃キツかったよね」とか、笑い話ができるのがすごく嬉しいんですよね。
他のサロンの仕事を見る機会ってそうそうないから、撮影で「あの子仕事できるな」って盗み見たりするのも勉強になりましたし、逆に「あ、すごい怒られてる…」という場面に遭遇することも(笑)。もちろん、私がめちゃくちゃ怒られてるところもいっぱい見られていたと思うし、戦友みたいな感覚があります。
─あの頃、こうしておけば良かったと思うことはありますか?
実は、意外とないかもしれません。GARDENに入るまでに2社経験しているので、何をやっておくべきかをある程度理解できていて、それをぎゅっと詰め込んでスタイリストまで駆け抜けたなと思います。
逆に、地方にいた頃に今いるような世界に気づけていたら、もっと早くここに辿り着けていたのかもしれませんが、憧れたのがたまたま遅かっただけで、それはそれで良かったと思うんですよね。というのも、私の美容師としての軸を作ってくれたのは、地方で過ごした時間なんです。

その軸とは、「お客さまをたくさん担当したい」「家族ぐるみで任せてもらえる美容師になりたい」という気持ち。GARDENに入って18年目になりましたが、その思いは今も変わっていません。
その理想を抱いたきっかけは、1社目にいた先輩でした。その人は、お子さんからご両親、そしておじいちゃん、おばあちゃんまで三世代を切っていて、それがすごくカッコよくて。車椅子に乗ったおばあちゃんが「絶対にこの人に切ってもらいたいの」と、頑張って来店してくれたりする様子を見て、自分もこういう美容師になりたいと強く憧れたんです。大手のサロン以外にもかっこいい美容師はいると知れたことは、すごく良かったと思いますね。
今いるような煌びやかな世界ももちろん好きだし、それも私が抱いた憧れの一つ。ですが、結局美容師として最後までやりたいことの芯は、昔からずっと変わっていないなと思います。
二十歳のみんなへ

皆さんにおすすめしたいのは、「自分はどんな美容師になりたいのか」を今のうちにしっかりと考えておくことです。目指す方向がはっきりしているほど、成長のスピードは早くなると思うし、理想の将来像というのは、時に自分を支えてくれます。
もちろん、スピードが全てではないですし、早くスタイリストになりたい人もいれば、「時間がかかってもいいから、毎月300人のお客さまを担当したい」という人もいるでしょうし、そこに優劣はありません。
ただ、憧れて入った世界だとしても、仕事って思っているよりも大変で。なんとなくやっていると、1年、2年とあっという間に過ぎてしまうし、簡単に後輩に追い抜かれたりもする。ちょっとした練習や、注意されること、そのひとつひとつに意味があるんだけど、地続きの毎日ではどうしても“やらされている”感覚を抱いてしまうタイミングもあると思うんですね。

だけど、そういう時に自分の抱く理想が心の奥にあると「でも、私はあのためにやってるんだよな」と奮い立たせることができる気がするんです。私自身もそう。どんなに辛くても辞めずにいられた理由の一つは、叶えたい理想があったからでした。なので皆さんにも、未来の自分を支えに今を頑張ってほしいなと思います。
★Extra Contents
お金がないアシスタント時代、食べていたものは?

(文/岩木日向子 撮影/菊池麻美)
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