こだわりを手放した先に成功があった。顔まわりカットで顧客に寄り添う、ABBEY 遠藤陸人さん #Z世代のスター発掘

 

SNSでの競争がどんどん激しくなっている近年。デジタルネイティブ世代の若手美容師たちは、どんな武器を持って激戦を勝ち抜いているのでしょうか?

今回は、銀座のABBEY3(アビースリー)で副店長を務める遠藤陸人(えんどうりくと)さんが登場。顔まわりカットを軸に発信するSNSでは、5万人超えのフォロワー数を誇る人気美容師です。しかし、デビュー当初はハイトーン推しで、現在とは全く違うブランディングだったそう。フォロワー数2000人からの推移や、一時は“SNS更新禁止”になった事件まで、赤裸々にお話しいただきました。

手応えがなくても好きなスタイルを貫くべきか、新しいことに挑戦するべきか。SNSと向き合う美容師なら誰しも抱えたことがある悩みを解決するヒントが、ここで見つかるかもしれません。

 


 

母に背中を押され、東京へ

 

 

母が理容師をやっていて、幼い頃からなんとなく「自分も後を継ぐのかな」と考えていました。美容学校への進学を決めたのは、高校に入り、本格的に進路を考えるタイミングです。美容の道に進むと決めてからは、“どこでやるか”という点でも悩みました。正直、家もそこまで裕福ではなかったので、僕としては「地元の学校に通って、地元で働こうかな…」と思っていたんです。

でも、親に相談したら「せっかくやるなら、東京で頑張ってこい」と背中を押されて。現実的に難しいかなと諦めかけていた反面、東京で挑戦したいという思いもどこかにあったので、ありがたく上京させてもらうことにしました。

 

 

ABBEYは、美容学生時代にお世話になった先輩の就職をきっかけに知りました。サロン見学に行ったら、帰り際に松永(ABBEYオーナー 松永英樹さん)がお客さまの施術の手を止めて、わざわざ挨拶に来てくれたんですよ。しかも「松永です、よろしくお願いします」と名刺をくださって…。こんなに素敵な人がいるのか、と松永の人間性に感動して、このサロンに入ろうと決めました。

 

実は、母が理容師だったこともあり、美容学校と並行して通信で理容の免許も取得していています。通信は3年制なので、アシスタント1年目はサロンワークと並行して学校の課題をやったり国家試験を受けたりと、今振り返ればなかなか忙しい日々でしたね。ただ、せっかく東京に出させてもらったんだからそれくらいはやらないと、と思っていたので、辛いと感じたことはありませんでした。

 

覚悟していた現実が目の前に

 

 

母からこの業界の大変さは聞かされていたので、いい意味であまり憧れは持たずに、厳しい世界だと覚悟して足を踏み入れました。とはいえ、いざ働き始めてみたら、やっぱり上手くいかないこともたくさんあって…落ち込んだ日は数え切れません(苦笑)。

 

僕は器用なタイプではなく、レッスンの進みも周りと比べてかなり遅い方だったんです。ABBEYは『日本一気持ちいいシャンプー』を心がけているので、シャンプーの技術チェックがすごく厳しいんですよ。なかなか合格できなくて、メンズシャンプーのチェックに合格したのは同期の中で僕が最後。

シャンプーだけでなく、カラーなども合格まで時間がかかってしまい、同期がアシスタントとしてお客さまに入る中で自分だけほうきでフロアを掃いたり、裏で洗濯したりと、かなり悔しい思いをしました。いつか絶対に見返してやろう、と心の中でふつふつと反骨心を燃やしながら過ごしたアシスタント期間でしたね。

 

 

スタイリストデビューは2021年の11月です。3年半ほどでデビューしたので、ABBEYではちょうど平均くらいのスピード感でした。早くデビューしたいという想いも多少ありましたが、それ以上に僕は、自分の武器を探すことにがむしゃらだったんですよね。いつデビューするかは、良い意味であまり考えていなかったかもしれません。

 

ただ、SNSに関してはデビューよりずっと前、働き始めた当初から積極的に動かしていました。当時、ABBEYでは週に最低5投稿あげるというルールがあって、僕もそれに則ってSNSを運用していたんです。最初こそ大変でしたけど、あの時に習慣づけてもらって良かったなと思います。

アシスタントになったばかりの頃は出来ることが少ないので、トリートメントや髪質改善系の投稿を上げ、アシスタントの後半からデビューにかけてはハイトーンを載せていました。当初、スタイリストになったらハイトーン推しでいこうと思っていたんです。

 

 

ハイトーンができる美容師への憧れもありましたし、ブリーチは難しい技術なので、それができれば他のメニューも自信がつくと思ったんですよね。社内でハイトーンを推している先輩はあまりいなかったので、外部のセミナーに行ってみたり、自分でウィッグを染めたり、モデルさんを呼んでみたりと試行錯誤していました。デビュー前も含めると、1年ほどハイトーンを打ち出していたんですよ。でも、手応えはゼロでした。

 

>副社長から言われた「あれじゃ売れない」

 

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