韓国発エクステ「スリムタッキ」とカラー技術が武器。ブルーオーシャンを狙い撃つ! Chiakiさん

SALOWINでフリーランスとして活躍するChiakiさんは今年で美容師歴12年目。地元・仙台での就職、都内トレンドサロンでのアシスタント経験を経て、コロナ禍の真っ最中にフリーランスへ転身。アシスタント時代から一貫して抱いていた「カラーを極めたい」という思いを糧に、自分らしい働き方を模索してきました。
現在は、日本ではまだ導入しているサロンが少ない韓国発のエクステ技術 “スリムタッキ”に、自身のカラー技術を融合。独自の韓国ブランディングを築いています。
理想の環境を求め歩んできたこれまでと、新たな技術を取り入れる難しさや、そこにある面白さについて、お話を伺いました。
技術向上のスピード感を求めて東京へ

新卒では、地元である仙台のサロンに就職しました。いつか東京で働けたらいいな、程度の淡い期待は抱いていましたが、就活の時点では働くエリアのことはそこまで重視していなかったんです。その気持ちが変わったのが、アシスタントとして働いた2年間でした。
私はもともとカラーを極めたいという思いが強くて。でもやっぱり地元では、学びたいことや疑問に思ったことの答えに辿り着くまでに時間がかかることを、身をもって実感したんですよね。より専門的な技術を学ぶために、上京を決意しました。
東京に来て最初に働いたのは、表参道や銀座に店舗を展開しているナチュラルな系統のトレンドサロンです。決め手は、専任のカラーリストがいたこと。上京した最大の目的はカラーを学ぶことでしたし、そのサロンは撮影にも力を入れていて、どのスタイルもすごく可愛かったんですよ。当時はInstagramも今ほど流行っておらず、ホームページで色々とリサーチしてそのサロンを選んだのを覚えています。

3年目に入る直前に中途入社し、シャンプーから学び直しました。正直、悔しい気持ちもなかったとは言えません。でも自分の技術に自信はなかったので、一からやり直すことへの抵抗はありませんでした。それ以上に、年下の子達が自分よりも先に進んでいる姿を見て、「1日でも早く追いつかなくてはという気持ちの方が強かったですね。
結果的に、入社から2年半ほどでスタイリストデビューを果たしました。そのサロンに新卒で入った人たちは5年ほどでデビューするのが一般的だったので、それと比べれば比較的早い方ではあります。ただ、自分としては「思っていたよりデビューまでに時間がかかったな」という感覚が強く、決して満足いく結果ではありませんでした。
フリーランスは、自分と向き合うための時間

その後、スタイリストデビューしてすぐにフリーランスの道を選んでいます。サロンを出た背景には、デビューした銀座エリアに感じた難しさがありました。表参道や原宿と比べると、銀座は顧客の年齢層が高く、自分がやりたいと思っていたハイトーンカラーのオーダーは少なかったんですよね。一方で求められる技術レベルも高く、自分の技術に自信が持てない日々が続いていました。理想と現実のギャップになかなか前向きになれず、当時は、美容師を辞めるという選択肢すら頭に浮かんでいたほどでした。
だから、一度ペースを落として、自分の気持ちを整理する時間をつくろうと思ったんです。
ただ、それがコロナ禍が始まるまさにその時で…。緊急事態宣言の前日にオーナーと話して、1カ月後にはシェアサロンのSALOWINで働いていました。我ながら、フリーになるには最悪なタイミングでしたね(苦笑)。

売上がない状態で一人になった上にコロナ禍だったので、大変なことはもちろんたくさんありました。それでも、後悔することはなかったんですよ。
ありがたいことに、なんとか暮らしていける程度にはお客さまが来てくださいましたし、発信を続けていたSNSの閲覧数が増えたりと、その時々で自分のモチベーションにつながることがあって。中でも私にとって一番大きかったのは、フリーランスになって一年ほど経った頃、ご縁があって齋藤さん(現・SOL代表 齋藤剛さん)からpünëlにお誘いいただいたことです。
私の発信を見て興味を持って誘ってくださったそうで、悩みながらもSNSを続けてきた時間が報われたような気持ちになりました。なにより、憧れの美容師さんから声をかけてもらえたことは「美容師を続けよう」と思うきっかけになりましたね。
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