「僕らは一生、成長し続けなくてはならない」有名店卒兄弟の独立論 NAVY/宇野文彦さん・宇野恭平さん

「第一希望のサロンに落ちて半年くらいラーメン屋でバイトしていました」(文彦)

 

 

―じゃあ、文彦さんはヘアサロンも憧れの美容師さんと同じところを目指して…?

 

文彦(兄):いや、それがそのサロンを落ちちゃったんですよ。その後、行き先が決まらないまま卒業して、半年くらいラーメン屋でバイトしていました。この先、どうしようかなと思っていたときに、たまたま前サロンのLIPPSが人手不足だったんです。何もできない状態でしたが、とりあえず受けさせてもらいました。美容師の経験はゼロでしたが、CHOKiCHOKiのスナップには載せてもらったので、その流れから「この子はまだ何もできないけど、スナップに出てるだけ、まだましかもね」という感じで、特別に採用してもらったんです。

 

―そこからLIPPSの人気スタイリストになったのはすごいですね。恭平さんは前サロンに入った決め手は何だったんですか?

 

恭平(弟):僕はGARDENにお世話になったんですが、ファッション誌などの表面的なところしか見ていなくて、ここに入れば雑誌に出られると思って入社しました。業界誌で活躍している人がたくさんいる厳しいサロンということを知ったのは入ってからなんですよ。

 

 

―お二人とも紆余曲折あって前サロンに入られたわけですが、それぞれ10年くらい働いています。独立を意識されたのはいつくらいですか。

 

文彦(兄):僕が29歳のときですね。当時ディレクターだったんですが、さらにその上は何か?分からなくなっていた。もうすぐ20代が終わる…30代はどうする?ってときに、サロンに残るイメージが湧いてこなかったんですよ。サロンでは本当に自由にやらせてもらって、感謝もしていたのですが、もう10年同じ場所にいるのは違うなと感じていて…。それで新しい世界を見るために独立しようと思ったんです。

 

ただし、一人だと少し心細いので、恭平に声をかけました。恭平は3つ下なんですけれど、独立するのは恭平が30歳になるタイミングがベストかなと考えて、準備を始めたんです。

 

恭平(弟): 最初に独立の話を聞いたとき、今まで積み上げてきたものがなくなるのはちょっともったいないなとも思ったんですけど…でも迷ったのは本当にその一瞬ぐらいでした。その先の未来を考えたら単純に独立したほうが面白そうだなって思いましたね。

 

文彦(兄):はたから弟を見てて、すごく努力しているのになかなか結果が出ていないように感じたんです。もしかすると環境があっていないのかも、と考えていました。実際には独立前に売れっ子になって、辞めるのはもったいないくらいの状況だったんですけれどね。

 

「サロン名をNAVYにしたのは、信頼や正義感を表す色だから」(文彦)

 

―LIPPSとGARDENというまったく異なる特徴を持ったサロンで経験を積んできているからこそ、面白いサロンができるという狙いもあったのではないですか?

 

文彦(兄):それはありますね。LIPPSはメンズに強いし、GARDENは女性に強い。あとは営業のスタンスや教育なども違います。2つのサロンのいいところを取りたいと思いました。

 

 

―サロンの場所はどういう基準で決めたんですか?

 

文彦(兄):地元が神奈川県だし、田園都市線沿線に馴染みがあったので、最初は神奈川の田園都市線沿線で探していたんですよ。前のサロンの近くに出店して、嫌がられたくなかったですし。ところがなかなかいい雰囲気の街が見つからず…東横線沿線にもエリアを広げて探したんですが、どうもしっくりこなかったんですよね。やっぱり、原宿や表参道で髪を切っておしゃれになりたいっていうお客さまの期待に応えたいと思ったんです。結局、渋谷でスタートしたのは、その当時はまだ渋谷にLIPPSもGARDENもなかったからです。

 

―NAVYというサロン名の由来は?

 

文彦(兄):名前は僕が決めました。NAVYは色の紺色からとっていて、信頼や正義感を表す色だから。例えば、警察官の制服の色やスーツを見ても、誠実さを求められる職場で紺色を纏うじゃないですか。なので、サロンをつくるにあたり、お客さまに対して嘘のない技術、嘘のないサービスを提供したいし、スタッフに対しても誠実に、永く信頼されるサロンでありたいと思って決めました。

 

>「4月のオープニングメンバーのデビューと拡張移転が感慨深かった」(文彦)

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