「特殊ヘア」を、特殊で終わらせない。ブラックカルチャーを”日本人に似合うデザイン”へ──蓮沼優祐が切り拓く新スタンダード
「好き」だけでは終わらせない。
市場の中で、自分だけの価値をつくる

――その後、横浜から渋谷へ移った時は、お客さまもゼロからのスタートだったそうですね。
そうなんです。当時24歳でした。知名度もほとんどないまま、新しい場所で、お客さまもゼロという状態。初月の売上は39万円でした。もちろん焦りはありました。でも、不思議と落ち込むことはなかったです。「今しかできないことをやろう」と考えるようにしていました。
予約が入っていない時間は、ひたすらウィッグに向かっていました。技術って、「できる」ようになったら終わりじゃないんですよね。もっと速くできないか。もっと再現性を高められないか。もっと扱いやすくできないか。
そうやって、一つの技術を何度も分解しては組み立て直していました。今振り返ると、あの時間が一番贅沢だったのかもしれません。忙しかったら、あそこまで試行錯誤はできなかったと思います。

――ブラックヘア一本で勝負するという考えではなかったんですね。
ブラックヘア一本でやっていこうとは考えていませんでした。もちろん僕自身、ブラックヘアは好きです。でも、「自分が好きなもの」と「仕事として成立するもの」は、必ずしもイコールではないと思っているんです。
渋谷で働き始めた頃は、ちょうど波巻きパーマやツイストスパイラルが一気に広がっていた時期でした。実は僕は、ツイストスパイラルが流行するより前から、ブラックヘアのパーマ技術をベースに、それを日本人の髪質や好みに合わせて落とし込んだ「スパイラルパーマ」の技術を確立していました。
当時、メンズのヘアトレンドとしてツイストスパイラルが大きなブームになっていましたが、一方で「自分でセットするのが難しい」「毛先が暴れて収まらない」といった声も多かった。そこで僕は、ただ流行のスタイルをつくるのではなく、「縦に落ちる質感をどう再現するか」「お客さま自身がスタイリングしたときにも再現できるか」というところに注目しました。
そうやって、スパイキーアフロにつながっていく前段階のパーマとして、僕なりのツイストスパイラルをつくっていったんです。それがちょうどお客さまのニーズとも重なって、徐々に知ってもらえるようになり、集客にもつながっていきました。

そのうえで、ブレイズやコーンロウ、針金パーマといった特殊な技術も持っていると、「この人、普通のパーマだけじゃないんだ」と興味を持ってもらえる。つまり、ブラックヘアそのもので売上をつくるというより、「自分という美容師を知ってもらうための入口」として機能していたんです。
だから僕にとって、ブラックヘアはあくまで“武器”であって、“目的”ではありません。お客さまが今求めているものにしっかり応えながら、その中に自分にしかできない技術や感性を少しずつ加えていく。そうやって、「この人にお願いしたい」と思ってもらえる理由を積み重ねていくことが大事なんだと思っています。