【旅する美容師KO】「7年間、会社が人生のすべて」だった僕が、50カ国を旅した。人生は、もっと自由でいい。KOが見つけた、自分らしい生き方

ボリビア・昼時のウユニ塩湖
当たり前を軽やかに飛び越え、世界を旅しながら美容師として活動する「世界を旅する美容師KO(コウ)」さん。今回の取材には、生後7カ月のお子さんを連れて来てくれました。撮影にも一緒に参加する姿からは、仕事も人生も柔軟に楽しむ、KOさんらしい生き方が垣間見えます。
フランスで育ち、高校時代にはヤンキーに転身(笑)。美容師になってからは組織の中で苦しみ、7年後に退職。そこからオーストラリアへ渡り、世界一周へ。気づけば50カ国を旅し、現在は旅する美容師として活動しながら、美容師向けの英会話スクールも運営しています。
「人と違う人生でもいい」
そう思えるようになるまでには、いくつもの葛藤と選択がありました。
フランス育ちなのに、ヤンキーになった
――KOさんは何カ国語が話せるんですか?
日本語、英語、フランス語、スペイン語の4カ国語です。両親は日本人なのですが、多言語が飛び交う環境で育ったせいか、言葉を覚えるのは比較的早いみたいです。
父親の駐在に伴って、小学4年生から高校1年生までフランスで暮らしていました。現地では日本人学校とインターナショナルスクールに通っていて、学校生活は主に英語。フランス語は、日常生活の中で自然と身についていった感じです。
スペイン語は、旅をしながら覚えていった部分が大きいですね。英語とフランス語をある程度理解していると、言葉の構造や文節を捉える感覚が身についているので、ほかの言語にも共通する部分があって、意外とスッと入ってくるんです。

――長く生活していたフランスから、高校時代に帰国して、そこで大きな変化があったとか?
そうなんです。帰国して地元の神奈川県小田原市に戻ったんですが、そこで衝撃的な再会がありまして(笑)。幼い頃に一緒に遊んでいた友達が、あろうことかヤンキーになっていたんです。それにすっかり影響されて、自分もヤンキーになってしまいました。
帰国子女として受け入れてくれる高校が地元になくて、茅ヶ崎市の進学校に通うことに。ただ、それでもインターナショナルスクールに比べると居眠りする生徒などもチラホラいて、カルチャーショックを受けました。結果的にヤンキー化が進んで、「サボることがカッコいい」と勘違いした感じですね。

――フランスでの生活から一転、ずいぶん刺激的な高校時代を過ごされたんですね。そこから、どうして美容師を目指すようになったのでしょうか?
ヤンキー文化に触れて、「これが日本のオシャレなんだ」と勘違いしていた部分もあったと思います(笑)。でも、そこからファッションそのものに興味を持つようになって、その延長線上で美容師という仕事に行き着きました。それで美容学校に進むことにしたんです。
高校時代は完全にヤンキーだったので、ろくに学校にも行かず、出席日数もギリギリ。でも、美容学校に入った瞬間、完全にモードが切り替わりました。無遅刻・無欠席で通っていましたね。
美容師って技術職じゃないですか。自分の手で何かをつくって、それを目の前のお客さんに提供する。その感覚がすごく面白かったんです。美容学校での学びは本当に楽しかった。
ただ、実際に美容師として働き始めると、そこでまた、理想と現実のギャップに直面することになったんです。

タイ・バンコクのルンピニー公園にて。世界を旅しながらフリーカットの活動を展開するKOさん