【大工から美容師へ】10分カット王者が登場!「やるからにはトップを」今野将貴が最速級のキャリアを築き、フリーランスを経て5人で「LUKCY」を立ち上げた理由
「ワクワクするかどうか」で決める。失敗も次の挑戦につながる
――今野さんは、挑戦することに意欲的なタイプですよね。
僕は「ワクワクするかどうか」で決めています。当たり前にできることを、ただ繰り返すだけだと気持ちが乗らない。だったら、自分が今できないかもしれないことに挑戦する。自分のレベルを上げるためには、できないことに挑戦するしかないと思うんです。
もちろん、失敗することもあります。でも、1回は失敗しないと成功しない。何かを失うことがあったとしても、いつか成功するために必要な経験だと思っています。
僕は、後輩や同期にも、そういう姿を見せたいんです。「こいつ、バカやって挑戦してるな」と思われてもいい。その代わり、何かの形にする。自分自身はその過程で苦しんでいるんですけど、あとから振り返ったときに「やってよかった」と思える。だから挑戦することが好きなんですよね。

「あんた、美容師でいい」母のひと言が人生を動かした
――そもそも、今野さんが美容師を目指したきっかけは何だったんですか?
中学生の頃に初めて美容室に行ったことが大きかったですね。母親の紹介で美容室に行って、「こんな髪型にしたい」ってオーダーしたんです。髪型を変えたら、自分でも「めちゃくちゃカッコよくなったな」って思えて(笑)。自信がついたというか、自己肯定感が上がった。髪型を変えることで、こんなに気持ちが変わるんだと実感できたんですよね。
――中学生で美容師という仕事を意識したんですね。
でも、すぐに美容師になったわけではありません。僕は小・中・高とずっと野球をやっていて、高校ではピッチャーでした。ずっとエースをやらせてもらっていて、野球にも本気で取り組んでいました。でもちょうど中学3年生の卒業式が終わった頃に東日本大震災があって。僕の地元の宮城県石巻市も甚大な被害を受けました。
その後、地元で復興が始まって、「みんなで地元を盛り上げよう」という空気があったんです。自分も何かの力になるなら、建設業か自衛隊だな、と。そして建築業に進んで地元の復興に専念しました。

――美容師になりたいという気持ちは、その間も残っていた?
それが、いったん忘れていたんですよね。建設業も素晴らしい仕事でしたし、やりがいもありました。でも、復興がある程度落ち着いたタイミングで、自分の人生を考え直す時期が来たんです。「待てよ。俺って、本当は何がしたかったんだっけ?」って。
お金を稼ぐことだけじゃなくて、自分にとっての生きがいや、やりがいって何なんだろうと考えたときに、出てきたのが美容師でした。いろんな人に相談したんですけど、最終的に大きかったのは母親のひと言です。「俺、大工じゃなくて、違う道を見つけたいんだよね」と言ったら、「いやいや、あんた美容師でいいじゃん」って(笑)。
母親からすると、昔から僕が髪を切ってもらった瞬間に変わったのを見ていたので、わかっていたんでしょうね。それで「3年間の社会人生活に区切りをつけて、美容学校に通う」と決めました。
