【大工から美容師へ】10分カット王者が登場!「やるからにはトップを」今野将貴が最速級のキャリアを築き、フリーランスを経て5人で「LUKCY」を立ち上げた理由
学費を工面するため、週4日は美容室、週7日は居酒屋へ
――そして働きながら美容学校に通ったんですね?
実家は石巻で、かなり田舎なので(笑)。仙台の美容学校に通うためには、一人暮らしをしながら、自分で生活費と学費を稼ぐ必要がありました。週4日は美容室で働いて、週7日は夜に居酒屋。夏休みもないし、文化祭もない。美容師免許を取ることに特化した2年間だったので、無駄を省いたカリキュラムでした。でも、僕は美容師になると決めた時点で、「これからの人生は全部美容師でいく」と思っていたので。だから学校でも「全部トップを取る」と決めていたんです。結果的に、2年間ずっと首席でした。

「全部トップを取る」。前サロンで学んだ、結果を出すための姿勢
――卒業後は都内の有名サロンに入社したんですね。
当時は「一番イケてるサロン」というのが自分ではよくわからなかったんです。だから雑誌を買いまくりました。ヘア系の雑誌に載っているサロンを全部調べて10軒くらいまで絞り、全部見学に行ったんです。
その中で、ここだと思ったサロン、GARDENに入社しました。入社後は、技術だけじゃなく、仕事に向き合う姿勢や、スタイリストとして売れるための考え方をたくさん教えてもらいました。そのおかげもあって、僕は2年半くらいでスタイリストデビューしています。

――アシスタント時代からかなり売上を作っていたそうですね。
月150万円をずっと目標にして、それと達成してきました。モデルさんを営業時間外に施術して売上を作っていたんですけど、普通に考えたらトップスタイリストが作るような数字ですよね。朝7時からモデルをやって、営業中は先輩のアシスタントをして、営業が終わるのが夜8時くらい。その後またモデルをやって、夜12時くらいまで。休みの日も朝から晩までやっていました。
モデルハントもしましたし、Instagramも使いました。最初は直接声をかけたり、そこから紹介してもらったり。その後、SNSで発信したものがバズって、一気にモデルさんが増えましたね。でも、バズったことだけが理由じゃないと思っています。来てくれた人に「また来てもらいたい」という気持ちがあって、その人たちがリピートしてくれた。それで少しずつ人数が増えていった感じです。

――その経験が、後のスタイリストとしての土台になった?
かなり大きいですね。デビュー以来、毎日15人、20人と切るような状態だったので、数をこなすことで感覚が磨かれていきました。「こうしたらこうなる」「ここを変えたらこうなる」という事例が、自分の中にどんどん蓄積されていったんです。今スタイリスト歴5年目ですが、経験値としてはかなり積ませてもらったと思っています。3〜4年間で、2000人、もしかしたら4000〜5000人くらい切っていると思います。
デビューして1年で、最高ランクのスタイリストまで上がって、その後、店長になって、人事や売上管理なども含めて、店舗を運営する経験をさせてもらって。若いうちから、普通ならなかなか経験できないことをやらせてもらったので、今の自分の土台になっています。
