【韓国人美容師チェズ<前編>】ボクサーの夢破れ美容師へ。韓国美容塾〜兵役〜来日〜山野美容芸術短期大学〜原宿有名サロンでアシスタント。韓流ドラマさながらの紆余曲折ドラマチック人生

 

#1 韓国人美容師チェズさんの、ドラマチックな経歴

 

編集部員X:こんにちは。チェズさん、今日はよろしくお願いします。韓国の方だそうですが、チェズが名字なんですか?

 

チェズ:本名はチェです。韓国での子供時代からのあだ名なんです。僕(チェ)を中心に集まっていたから、チェ達=複数形でチェズ(Chez)と呼ばれるようになりました。

 

X:なるほど。ところでチェズさんは日本語がとても流暢なのですが、どういった経緯で来日されたんですか?

 

 

チェズ:日本で美容師になるために日本に来て、日本の美容学校を卒業しました。今は美容師兼、カツラ職人をしています。なぜカツラを作るようになったかというと、元々、父が典型的な男性型脱毛症でして。子供の頃も、「チェズのお父さんはハゲだ」と友達からかわれたりしたので、運動会に父が来ることに抵抗がありました。今、考えるとひどいんですけど。

 

X:チェズさんがカツラに行き着いたのは、お父さんの影響が大きかったということですね。

 

(ここからチェズさんの生い立ちが語られます)

 

チェズ:子供の頃は医師を目指していました。父が産婦人科の先生でお医者さんなんです。その家業を継ぐことを期待されて、勉強を頑張っていたんです。でも中2頃から思春期で人と同じ空間で同じことをやっているのが嫌になってしまって。何か新しいことに挑戦しようと思って、夏休みにボクシングをやってみたんですよね。「お前、素質ある」と言われて大会に出たら優勝して、そのまま全国大会でも優勝して。それまで医師を目指していたのが、ボクシングこそが俺の道だ、と。しかし僕の父としては医学の道を進んでほしいから、不満なんです。いつもイライラして、「どっかのチンピラになろうとしているのか」と僕に八つ当たりしていました。

 

ところが体育大学へ進もうとした時、ボクシングでの実績が評価されないことが判明。テコンドーや柔道は何十点も加算点がもらえるのに、ボクシングではそれがないんです。一旦ボクシングをやめて、陸上とか他の競技をやってみようかとも思ったんだけど、あまり興味を持てなくて。僕は単純にボクシングだけが好きだったということに気づきました。

 

じゃあ自分は将来、何をやろうかと考えた時、男性美容師さんのことがカッコよく見えたんですよね。母に「俺、美容師になろうと思うんだけど、どう思う?」と聞いたら「いいんじゃない」と賛成されて。1990年代の韓国は、機械で大量生産していた時代からの変換期で、これからハンドメイドの時代がくる。美容師もハンドメイドの仕事がだからいいと思う。ただお父さんにはちゃんと話を通しなさいよ、と母に言われました。

 

その日の夜、父に「俺、美容師になろうと思う」と言ったら、顔色ひとつ変えずに「出ていけ」と。それが高2の夏休みで、家を追い出されて母の妹の家に行ったんです。叔母さんの家の屋上にあった、ゴキブリがよく出没する小部屋に結果的には2年間暮らしていました。

 

 

ちなみにその当時、韓国では美容師になるには免許は必要なくて、資格証があればすぐに現場に入れていたんです。スピードコースの塾で学べば、3、4カ月で美容師の資格証が取れるので、その塾代を自分のバイト代で払って。その経緯を母が父に話してくれたんですよね。お金に困らないで育ってきた医者の息子が、本気で美容師をやれるのか。美容師として食っていけるのか。でも自分の力でそこまでやるなら本気なんだな。懐疑的だった父もだんだんと認めてくれたみたいで。ある時、父が僕の住んでいた部屋にやってきました。僕がぶざまな姿で暮らしている様子を見て、父は涙ぐんでいるように見えました。「帰るぞ、荷造りしろ」と言われて、ようやく実家へ戻ることができました。

 

>#2 「人のためになる仕事を」医者の父が伝えたかったこと

 

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