【韓国人美容師チェズ<前編>】ボクサーの夢破れ美容師へ。韓国美容塾〜兵役〜来日〜山野美容芸術短期大学〜原宿有名サロンでアシスタント。韓流ドラマさながらの紆余曲折ドラマチック人生

 

#2 「人のためになる仕事を」医者の父が伝えたかったこと

 

X:お医者様のお父さんが、ようやく認めてくれたんですね! 将来の美容師像について親子で話しあったことはありますか?

 

 

チェズ:自宅への帰り道、父に言われた言葉を今も覚えています。

「自分よがりな人生を生きるんだったら、勝手に無人島へ行って暮らせばいい。楽しく生きて勝手に死んだ方がいい。自分は医者で、産婦人科医としてたくさんのお母さんや赤ちゃんと向き合い、治療をしてきた。人のためになる仕事にプライドを持っている。お前も人のためになる仕事をしなさい」と。

 

父の考え方を知ることができたし、心に響きましたね。自宅に戻った僕の机の上に、新聞記事の切り抜きをした分厚いスクラップブックがあって。韓国のどこかの有名な美容師がフランスでヘアショーしたとか、フランチャイズの店舗100店舗に増やしたとか、父が全部マーキンングしていたんです。父なりに美容師の仕事を理解しようとしてくれていたことに、僕も泣けましたよ。

 

二流の美容師で終わったらダメだと思いましたね。プライドもありました。父にも「俺も薄毛で悩んでいるし、その悩みを持っている人が多い。現実を受け入れられず、苦しんでいる人も多いはずだ。もし俺みたいなツルッパゲなお客が美容室に来て、カッコよくしてくれと言われたら、美容師はどんな顔をするんだ?」と。

美容師は、髪の毛がある人にしかアプローチできない仕事だよね。だけど、髪があるなしに関係なく、髪の毛がない人も人生を楽しむ権利がある。だからお前は人間そのものを相手にして、髪を楽しめるような人生を教えてやるんだ、と父に諭されました。

 

「お前が俺くらいの歳になった時、毛生え薬が登場する時代になっているかもしれないけど。もしカツラが存在するのなら、そのカツラを研究するのはどうなんだ?」とも言われて、それが今のカツラ制作に繋がっているんです。

 

チェズさん提供

 

その直後、徴兵で軍隊に2年行きました。その頃、僕の兄が日本に留学していた縁もあって、兵役後は日本に来ました。韓国人が韓国で美容師をやるのは普通だし、韓国の周りの美容師の先輩も「日本はすごい、日本はすごい」とみんな言っていたんですよ。日本人美容師の繊細な技術を習得して、韓国に持ち帰るのもいいかなと思って。進学したのが、山野美容芸術短期大学です。短期大学だと準学士という学位がもらえるんです。もし日本で仕事に就けなかったとしても、日本でしっかり学んできましたという証明書を韓国で活かせるという思惑もありました。一番良かったのが、その当時、美容福祉という学科で学べたこと。お年寄りにシャンプーすると、すごく喜ばれて自分まで嬉しくなりました。認知症の方は、自分の名前も家族の名前も忘れているのに、ヘアカットされた後は笑顔になるんですよね。綺麗になることは、世の中に必要とされているんだと思いました。自分らしくありたい。でも髪が抜けている状態は自分じゃない。自分の好きなスタイルでいられないことは、自分らしさではない。福祉を通じて身を持って学んだことと、父の言葉の答え合わせができた感じですね。

 

> #3 超有名サロンに勤務。怒られまくる日々

 

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