Voicyスペシャル対談 LECO代表 内田聡一郎×Hair & Headpiece artist 光崎邦生(前編) LONDON、NY、TOKYO…三都市での挑戦と挫折が稀代のアーティストを育てた

 

渋谷のヘアサロン「LECO」の代表、内田総一郎さんは音声メディアVoicy(ボイシー)で「soucutsの美容師ラジオ」という番組を運営しています。今回のゲストはリスナーからの熱い要望に応え、Hair & Headpiece artistとして異彩を放つ光崎邦生さん。ロンドンやニューヨークを拠点に活動していたこともある破天荒な人物です。まだ何者でもなかった時代から交流があったという二人の熱い対談を前編・後編に分けてお届けします。今回は前編です。

 


 

「思わずコメントしちゃうくらい邦生くんの作品はカッコいい」(内田)

 

 

内田:今日のゲストはリスナーからの要望の声をもとに、光崎邦生くんをお招きしました。邦生くんはHair&Headpiece artistとして活躍中で、雑誌や広告などいろいろなところで彼の作品を見ることができます。古くからの友人で、もう15年くらいの付き合いかな?

 

光崎:そうだね。

 

内田:で、改めて邦生くんの足跡をたどっていきたいんだけれど、一時期ロンドンに行っていたんだよね。

 

光崎:2006年からロンドンに行って、2010年に帰ってきて2年間日本で過ごして、震災後にニューヨークへ。そこで3年間活動して帰国したので、日本で本格的に活動を始めたのは2016年からだね。

 

内田:意外と日本での活動は長くないんだ。今は著名なミュージシャンや雑誌、広告でエッジのきいた仕事をしている。ぜひリスナーのみんなにもInstagramで見てほしいんだけど、めちゃくちゃカッコいいですよ。俺が思わずコメントしちゃうくらいだから。

 

光崎:最近の仕事内容になったのはここ2、3年。ロンドン時代はもっとエッジがきいたワークをしていた。その後のニューヨークでだいぶ揉まれて、そこで得た感覚を持って帰ってきて…。帰国から3年経ち、自分なりにLONDON、NY、TOKYOの3都市で学んだことを活かして、今はいいバランスでつくれているかなと思っています。

 

内田:ロンドンとニューヨークと東京って、仕事の内容も全然違ったの?

 

光崎:基本的には同じだけど、行ったタイミングが違ったのも大きい。ロンドンに行ったのは20代で、今は40代だからキャリアアップしてステージも大きくなったよね。

 

「人間って究極に追い込まれたらやるんだなって」(光崎)

 

 

内田:そもそも、どうしてロンドンに行ったの?

 

光崎:それまでの経歴を簡単に話しておくと、僕はちょっとだけ絵の大学に通って、中退して、フリーターをして、その後に美容専門学校に行って、表参道の美容室に入っています。

 

内田:そのころに僕たちの接点ができたんだよね。

 

光崎:そう。でも、いろいろ問題を起こしちゃって1年で辞めた後、ヘアスタイリストのTETSUさんに2年くらい師事することに。で、いきなりパリコレやJUNYA WATANABEの仕事に連れて行ってもらったりして。僕もその世界に行きたいなって思ったんですよ。ただ、僕はアシスタントであんまりやる気がなかったというか…やる気がないわけでないけれど、テストシュートをやらなかったし、どこに進んでいいかわからなくなった。自暴自棄になった時期もあって…。で、環境を変えないとダメだと思ってロンドンへ。ロンドンに行ってすぐにSOUちゃんと会ったよね。

 

内田:そうだった。リヴァプールで偶然会ったんだよね。懐かしいね、もう10年前なんだ。邦生くんは本当にツテなしで、ロンドンに行ったんだね。

 

 

光崎:そう。人脈を広げるために遊び歩き、「僕はヘアスタイリストです」と言いまくって、テストシュートしてっていう感じ。

 

内田:すごいね。英語はできたの?

 

光崎:全然できなかった。アップスタイルつくってと言われたのにダウンスタイルをつくってめちゃくちゃ怒られたこともあるし、いつもドキドキしてた。

 

内田:何もわかんないのにロンドン行ってどんどんやっちゃうのって、ちょっと普通じゃないね。

 

光崎:そのくらいやらないと自分はもうダメだと思っていたから。

 

内田:そっか、ラストチャンスだったんだ。

 

光崎:そう。何もないところから1年目はテストシュート100本。クラブやバーで、カメラマンやファッションスタイリストと会って、多い時はテストシュートを1日3本掛け持ちして。2年目は120本。そのころから雑誌の仕事などが入ってきて、そこからさらに広がった感じ。

 

内田:すごいね。当時の原動力はなんだったの。

 

光崎:原動力というか、人間って究極に追い込まれたらやるんだなって。

 

内田:お金もコネもない状態だったもんね。

 

>「震災後にふと、ニューヨークに行ってみようと閃いた」(光崎)

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