なぜ落合健二は“ハイトーン時代”を先読みできたのか? 原宿で育てた「薬剤のものさし」とデザイン哲学

現在、美容師としてのキャリアは20年超。原宿を拠点にデザインカラーシーンを牽引してきた美容師・落合健二(おちあいけんじ)さん。トレンドが移り変わる中で、落合さんが常に情熱を注いできたのは“ハイトーンカラー”でした。しかも、その挑戦はコロナ禍以前——まだ現在ほどハイトーンが一般化していない時代から始まっていました。
現在、原宿の人気サロンIENA(イエナ)のオーナースタイリストとしてサロンワークに立ちながら、国内外でのセミナー講師、教育活動、SNS発信を展開。エクステやウィッグ、海外カルチャーに触れながら育てた感性と共に進化を続けてきた落合健二さんに、“美容師の未来”について聞きました。
“薬剤のものさし”を育てた原宿時代
――まず、IENAをオープンする前のキャリアから教えてください。
原宿でずっと働いていました。最初に入社したのは、幅広い世代のお客さまが通うデザインカラーが強みのサロンです。サロンワークとしてはカット・カラーが中心で、エクステもやっているような環境でした。ただ、そのサロンには海外のエクステやウィッグなど、当時としては珍しい材料を扱うショップも併設されていて。色の組み合わせや質感の違いを見ながら、「髪ってこんなに自由にデザインできるんだ」と感じる機会が多かったんです。作品撮りやデザイン発想という意味では、すごく恵まれた環境でしたね。今振り返ると、僕のデザインの原点は、あの頃にあった気がします。

また、カラーに関しては「もっと知りたい」という気持ちが強くて。サロンにある薬剤だけじゃなく、休みの日に自分でメーカーの薬剤を買って試したり、ブリーチの反応を研究したりしていました。今みたいに簡単に情報が手に入る時代ではなかったので、自分で試して比較しながら、“薬剤のものさし”を作っていった感覚があります。昔から、誰かに教わるより、自分で動いて学ぶタイプでしたね。

――もともとデザイン性の高いヘアに興味があったんですか?
今の僕からは想像できないかもしれませんが、美容学校時代、僕、金髪のドレッドだったんですよ。宇宙人みたいな感じで(笑)。
その頃から、「人の印象に残るヘアが好き」という感覚はずっとありました。普通じゃない、見た瞬間にテンションが上がるような髪。そういう“デザインの力”に惹かれていたんです。
だからサロンでも、「どうしたらもっとかっこよく見えるか」「どう魅せたら気分が上がるか」を考えるのが好きでした。カラーもエクステも、僕にとっては“髪をデザインするための素材”という感覚だったのかもしれません。

“自由に試せる環境”が感性を育てた
――勤務していたサロンでは、どんな学びがあったんでしょうか?
サロンワーク自体は、カットやカラーを中心に幅広い世代のお客さまと向き合う日々でした。サロンとしてのデザインの規制がないので、独創的なデザインにも挑戦しやすいムードもあって、「自分から動ける人ほど伸びる環境」だったと思います。
当時の先輩方は、かなり厳しかったです(笑)。そういう時代だったんですよね。薬剤知識や技術だけでなく、美容師としての仕事への向き合い方やプロ意識、仕事の楽しさを教えてもらいました。その経験があるからこそ、「取り入れるべきこと」と「今の時代には合わないこと」の両方を学べて、今の教育にも活きていると思います。
