AFLOAT取締役・中川恵理 乳がん闘病という逆境の先で見つけた、美容師としての新たな生き方

 

一人ひとりの悩みに丁寧に寄り添い、女性の“可愛い”を引き出す技術で多くの支持を集めてきた中川恵理(なかがわえり)さん。2026年4月、AFLOAT(アフロート)の取締役に就任されたというニュースが。

兵庫県の淡路島から上京し新卒でAFLOATに入社。さまざまな波を乗り越え“くせ毛の神様”として確固たる地位を築いた中川さん。一方で病気により美容師としての活動を休止せざるを得なかった過去も。しかし、その経験さえも糧に変え、復帰後はさらにしなやかに、美容師という仕事と向き合い続けています。逆境を力に変えて新たな道を切り開く中川さんのキャリアとマインドセットとは?

 


 

最速で選ばれ、最速で追い込まれる。“逃げ場ゼロ”から始まった美容漬けキャリア

 

 

―取締役就任おめでとうございます。中川さんのここに至るまでのキャリアを紐解きたいと思います。まず美容師を目指したきっかけは?

 

子供の頃からピアノを習っていて、音楽の道に進もうかとも思ったのですが、音大への道は経済的にも難易度的にも難しかったんです。それで将来どんな仕事をしたいかと考えた結果、手先の器用さには自信があったのと、自分の個性を活かせる職業だと思って美容師の道を選びました。

 

―新卒でAFLOATに入社したとのことですがその理由は?

 

ちょうどカリスマブームで、母がテレビなどで宮村(AFLOAT代表取締役/宮村浩気さん)を見ていて大ファンだったんです。「AFLOATがいいんじゃない?」と母から勧められたものの、実はAFLOATのことを知らなくて。そこから調べていくうちに、こんなにも魅力的な世界があるのかと一気に引き込まれました。美容師になる以上は一流を目指したいという思いが強かったので、就職活動はAFLOAT一本に絞って挑戦しました。

 

 

―当時のAFLOATでのアシスタント生活は大変だったのでは?

 

そうですね、当時AFLOATは体育会系でとんでもなく厳しかったんです。私は部活もやったことがなかったので、その激しさに驚きながらも随分鍛えられましたね(笑)。

通常最初の3カ月は試用期間で、そこが過ぎるとシャンプーマンになるんですが、とてつもない数のお客さまがいらっしゃるので、1年間シャンプー台から離れられない生活が始まるんです。ただ私はちょっと特殊で、3カ月が過ぎたところで、トップスタイリストのメインアシスタントにつきました。

というのも、私は入社した時から誰よりも目立とうと、カリキュラムを全て一番に合格し、接客でもなんでもがむしゃらにやっていました。それが目に留まっての抜擢だと思うのですが、そこからが大変で(笑)。

 

 

朝7時に出勤して終電で帰る生活が当たり前。朝はカルテ整理から始まり、残りの時間でやれる限り練習をして、あとはひたすらサロンワーク。営業後もまたカルテ整理や掃除、撮影のモデル手配など、1日中サロンにいるような感覚で、気持ち的にもかなり追い込まれていました。

一緒についているアシスタントも先輩なので、全ての業務を1人で行わなきゃいけないというプレッシャーがありました。でもサロンワークのスペシャリストや、外部撮影で活躍するトップスタイリスト、そして最後には宮村のメインにもつき、本当に学びは多かったです。

 

今と違ってSNSもなかったので、休みの日は原宿や渋谷、表参道でモデルハント。お金も時間もなくて、20代はほとんど遊べなかったのですが、日曜の夜にクラブに行くのが唯一の息抜きでした(笑)。

何度も「辞めたい」と思いましたが、そのたびに先輩に相談して乗り越えてきました。美容の仕事自体は本当に好きでしたし、先輩方も厳しい中にも愛情がある方ばかりだったので、辛くても続けられたんだと思います。

 

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