【30歳、覚悟を決めて東京へ】作品撮りにのめり込み、JHAにチャレンジし続ける美容師・成田堅太朗の居場所をつくるという選択。「憧れ」がすべてを動かした!

30歳での上京。それは、多くの美容師にとって、なかなか決断しにくい選択かもしれません。ここでご紹介するのは、地元・岡山でキャリアを積み、顧客も信頼も築いていた成田堅太朗(なりたけんたろう)さんの“上京物語”です。
現在、N(エヌ)をはじめ都内2店舗を小島翔太(こじましょうた)さんと共に展開する成田さんは、「もっと表現したい」という思いを胸に、東京へと踏み出しました。その軸にあるのは一貫して“クリエイティブ”への強い執着。作品撮り、そしてJHA。評価される喜びと悔しさを繰り返しながら、自らの存在価値を問い続けてきました。
なぜ、そこまでして作品をつくり続けるのか。なぜ、あえて厳しい環境を選び続けるのか。その背景にあるのは、「プロに認められるプロになりたい」というシンプルで強い想いでした。そんな成田さんの決断の裏側と、現在に至るまでの軌跡を紐解きます。
上京を決断した、クリエイティブへの熱き思い
――30歳で東京へ。かなり大きな決断だったのでは?
そうですね。岡山で10年美容師をやってきて、ある程度お客さまもついていましたし、環境としては安定していたと思います。でも28歳くらいのときに、撮影を通じて東京のカメラマンさんやスタイリストさん、モデルさんと関わる機会が増えて。その人たちの感覚に触れたとき、「あ、なんかいいな」と思ったんですよね。単純にかっこいいなって。
そのときに、このまま岡山でやり続けたら、もしかしたら後悔するかもしれないなって思ってしまったんです。それで30歳のタイミングで東京に出ようと決めました。

――地元のお客さまや周囲の反応は?
もちろんご迷惑はかけました。でも、意外と止められることはなくて。「応援してるよ」と言ってくれる方ばかりでしたね。自分の人生だから、やりたいようにやったらいいっていう空気があった。それはすごくありがたかったです。
――そもそも、作品撮りに力を入れ始めたきっかけは?
23歳くらいのときに、コンテストやフォトコンテストに興味を持ったのが最初です。当時は今みたいにSNSが主流じゃなくて、雑誌がすべてだったので、誌面に出ている美容師さんたちがとにかくカッコよく見えたんですよ。「自分もああなりたい」と思って始めました。
やっていくうちにどんどんハマっていって、「オシャレでカッコいい作品を作れるような、カッコいい美容師になりたい」とさらに思うようになっていきました。賞を取るとサロン内でも評価されるし、周りからの見られ方も変わる。それがまたモチベーションになっていました。
――コンテストの入賞実績は、評価や集客への影響はありましたか?
新規のお客さまが急に増えるとかは正直なかったです。でも、ずっと来てくださっているお客さまはすごく喜んでくれましたし、自分自身の技術も確実に上がっていった感覚があります。作品をつくることで、サロンワークにも還元されていく。その相乗効果は大きかったですね。
