24人中下から2番目の落ちこぼれを、ACQUA総店長まで引き上げたコトダマたち熊谷安史さん 

「クマ、覚えておいて。セミナーも撮影もサロンワークも全て1本の線で繋がっているから」

 

 

ACQUAのクリエイティブディレクター、小村順子と大手メーカーさんのタイアップで、パーマのセミナーを年間50公演くらい開催していたことがあります。僕もそのサポートをするために一緒に回っていました。女性のパーマスタイルが苦手だったこともあり、セミナーに同行することで強みに変えたいという想いもあったんです。

 

日曜は福岡、月曜日・火曜日仙台、水曜日盛岡でやって東京に帰ってくるとか、移動とセミナーの連続でサロンワークもパンパンに予約が入っているというような状態でした。ある朝、宿泊先で小村から連絡があり、足りないものがあるから部屋まで持ってくるように依頼されました。部屋に行くと、そこには髪も乱れて疲れた様子の小村がいて、傍には書き直している最中の原稿が見えました。そのとき僕は全てを察しました。セミナーのテーマは50公演全て同じなのに、小村は全て原稿を書き換えていたんです。生半可な努力じゃ、絶対にこの人には敵わないと思いました。出張先で、僕が夜飲みにいっていた時間も、小村は部屋で原稿をつくっていたんです。

 

 

公演が30回目くらいになると、僕も小村のサポートの仕方がわかってきました。ようやくいい感じにサポートできるようになってきたなと思いだした頃、公演中に小村が「ではここで私は10分抜けますので、代わりに熊谷にパーマについて話してもらいます」といきなりバトンを渡してきたことがあったんです。台本も何もない状態でです。正直、何を話したかもう全く覚えていません。けれど、その後、僕指名でセミナーの依頼がくるようになったので、少しはまともなことを話していたのかなと思います。ちなみに、僕が話している間、小村は裏でコーヒーを飲みながらくつろいでいたそうです。

 

その後も僕がセミナーで話せるように、小村が喋りのイロハをトレーニングをしてくれました。原稿の内容や話し方、姿勢など徹底的に指導してくれたのですが、一切の妥協がない人なので、僕にとってはめちゃくちゃ厳しかった。自分がそれまで中途半端だったのは、妥協してきたからだと気づかされました。そうして、なんとかホテルの会場に200人くらい集めたセミナーを、小村と僕で無事やり切ることができたんです。

その帰り、僕がタクシーに乗り込む前に小村が言った言葉が忘れられません。

「クマ、覚えておいて。セミナーも撮影もサロンワークも全て1本の線で繋がっているから」

僕は人前で泣いたことなんてないんですけれど、帰りタクシーで涙が止まらなかったんですよね。それは安堵感なのが充実感なのか、今でも何の感情だったのかわかりません。美容師になって17年になりますが、仕事で泣いたのはそれが最初で、おそらく最後になると思います。とにかく、あの言葉があったから、今の僕がいるんですよ。

 

 

プロフィール
ACQUA/総店長
熊谷安史(クマガイ ヤスシ)さん

福井県出身。日本美容専門学校卒業。新卒でACQUA入社。表参道コレクション、神戸コレクションなどのヘアメイクやディレクションも担当。全国、海外向けの技術セミナー講師も行う。サロンワークでは、顧客に寄り添う的確なアドバイスにも定評がある。ACQUAの数々の要職を経て、現在はACQUA総店長として、ACQUA全体をまとめている。

 

(文/外山 武史 撮影/菊池麻美)

 

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