「二日に一回は辞めたかった」挫折だらけのアシスタント時代を越え、 “誰かを輝かせる”美容師になるまで―GRAFF今泉孝記のコトダマ―

第一線で活躍する美容師たちの人生を変えた「言葉」に迫る連載企画「美容師のコトダマ」。今回登場するのは、GRAFF(グラフ)オーナースタイリスト・今泉孝記(いまいずみ たかのり)さん。老舗デザインサロンで技術を磨き、SNSではハンサムショートを武器に月間売上を140万から400万へと伸ばすなど、着実に結果を積み重ねてきました。2020年に銀座でサロンをオープンして以降は、スタッフ育成にも力を注ぎながら店舗展開を続けています。

 

順風満帆に見えるキャリアの裏側に、実はほぼ毎日は辞めようと思っていたアシスタント時代や、結果を出しても報われないと感じていたスタイリスト時代がありました。そんな苦しい局面で、今泉さんを支え、前へ進ませたのは、いくつもの「言葉」。心を折らずに歩み続けることを選ばせた、その一言一言とは——。

 


 

過酷なアシスタント時代を支えた母の言葉「反省はしていいけど、後悔はするな」

 

 

美容師になることを決めたのは高校の時でした。福島の高校生だった僕は、雑誌のスナップに登場していた奈良さん(SHIMA奈良裕也さん)や内田さん(LECO内田聡一朗さん)のような東京のキラキラした美容師に憧れたんです。それで自分が通っていた美容室の美容師さんに相談すると、「絶対やめた方がいいよ、勉強して他の道にいきな」と言われました。大変な職業だからもっと楽な道をという善意だったと思います。でも僕は天邪鬼なところがあって、それでむしろ本気で美容師に興味を持って、調べ始めたんです。調べるうちに、実力で結果が出せる業界であることに惹かれて、美容師になることを決めました。

 

僕の家系は堅い職業の人間が多くて、当然のように反対されました。20年前は今よりもずっと、美容師という仕事の見え方も厳しかったと思います。それでも話し合いの末、最終的には美容学校への進学を認めてもらいました。

 

父は寡黙なタイプで、あまりなにも言いませんでしたが、進学が決まってからは、学校選びや、家探しも手伝ってくれました。

上京の日、母に言われたのが「反省はしていいけど、後悔はするな」という言葉です。両親の反対を押し切って過酷な業界に入ろうとする僕への喝だったのだと思いますが、言われた当初はその言葉の意味をよく理解していませんでした。この言葉の意味を痛感することになったのは、美容学校を卒業して有名店に入りアシスタントになってから…。

 

 

アシスタント時代は朝9時に出社し終電で帰る生活。手取りは12万。お金も時間もない生活でした。先輩は厳しく、一日中怒鳴られる毎日。二日に1度はもう辞めようと思っていました。その頃になって初めて、上京する時の母の言葉を思い出したんです。辛いからといって今ここで辞めてしまったら、それは僕の中で後悔になるのではないか。自分で選んだことを、道半ばで諦めてしまったら、自分で自分を否定することになるのではないか、と。その思いに至ってからは、辞めたいと思うたびにこの言葉を思い出して、日々前に進むために反省をしながら、どうにか過酷なアシスタント時代を切り抜けることができました。

 

「美容師は黒子」から始まった仕事観

 

 

美容学校の学生時代は、今の美容師としての自分を形成する出来事がありました。上京するにしてもいきなり都会に足を踏み入れるのは怖かったので、あえて郊外にある国際文化理容美容専門学校の国分寺校に入学。そこで僕は、キラキラした美容師になるべく毎日練習に励んでいました。

 

ある時、当時担任だった小林先生から言われたのが、「美容師は黒子だから美容師が目立つ必要はない」という言葉でした。雑誌に取り上げられるような、スター美容師に憧れて上京した僕には正直衝撃でした。でも同時に、その言葉はすっと腑に落ちたんです。

主役はあくまでお客さま。美容師の役割は、その人をいちばん輝かせること。そう考えると、自分が目立つことにこだわる必要はないのだと気づきました。

 

 

この価値観は、今の自分の仕事の軸にもなっています。サロンワークを主軸に据えて結果を出したいという思いも、ここから生まれたものです。どうすればこの人がもっと可愛くなるか、どうすればその人の生活に自然にフィットするか。その問いを持ち続ける原点をくれた一言でした。

 

>口にする言葉が、自分を決める

 

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