二十歳の頃、どう過ごしてた? 坂狩トモタカさんの二十歳の頃。

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成人して、大人としての第一歩を踏み出す年齢であり、多くの美容師さんにとっては、美容師人生のスタートでもある二十歳。今、業界で活躍するみなさんは、当時どんなことを考え、どんな日々を過ごしていたのでしょうか?
今回は、SHEA(シア)のオーナーを務める、坂狩トモタカ(さかがりともたか)さんに二十歳の頃のお話を伺いました。
二十歳の頃、どう過ごしてた?

─二十歳の頃、専門時代の坂狩さんはどんな学生でしたか?
優等生…ではないに決まってますよね(笑)。僕は資生堂美容技術専門学校卒で、今でこそ60周年の紀行に載せてもらったり、トップクリエイターセミナーという特別授業に立たせていただいたりしていますが、当時は手がかかる生徒だったと思います。なんせ、入学3日目に禁止されているバイク登校をして呼び出されていますし(苦笑)。ワインディングとかも「中の中」で、なにもイケてなかったんじゃないかな。
唯一自信があったのは、高校時代に2年間美容室でバイトをしてたことだったんだけど、専門に入ったらそんなの全然関係ないんですよね。「やばいな」と思ったのは覚えてます。
ただ、優等生ではなかったけど、授業に関しては真面目に向き合っていたと思いますよ。なんのために来たかって言われたら美容師になるために専門に入ってるので。サボったりはしてないし、毎日しっかり取り組んでいました。
─将来、どんな美容師になりたいと考えていましたか?
正直、具体的な将来像は描いていなかったと思いますね。そもそも、僕が美容師になろうと思ったきっかけは、高校生のときに美容室でバイトして、この仕事には飽きないなと思ったこと。社会に出たら何十年も働くことになるんだから、いつか自分の仕事に飽きてしまうのが嫌だったんですよ。なので、原点はすごくリアルな、日常のサロンワークの風景だったんです。一方で、ヘアメイクやクリエイティブの素敵さを教えてくれたのが専門学校でした。

美容師の良さを両面から知って、いざ自分がどんな姿を目指すのかは、サロンに入って働き始めてから見えてくるんじゃないかと思っていたような気がします。就職先は東京がいいな、くらい。ただ“飽きない”という視点で言うと、デザインっていうのは本当に終わりがないから、それを表現できる技術を身につけたいとは考えていました。
就職先を探す中で、最初に見に行ったのは当時の超有名サロン。説明会に行ったら、まず説明会が一部と二部で分かれていて、それぞれ200人ずつくらいの学生がいたんですよ。それを見て「いや、これは受かるわけないな」と思って、別のお店を探すことに。在学中にヘアショーのモデルをやらせてもらったことがあったので、そのステージをやられていた先生のサロンを見に行きました。新卒で入ったのもその店です。

─アシスタント生活を振り返ると、どんな思いで過ごしていましたか?
アシスタント時代を振り返ると…もう、絶対に戻りたくないですね(笑)。っていうのも、1年目の睡眠時間は3〜4時間。それ以外の時間は全て練習に充てていたんです。一番最初に来て、一番最後に帰れば、必然的に一番努力している人間になりますよね。そんな生活を半年くらいしていたんじゃないかな。入社半年後に初めて、営業後に友人とご飯を食べに行ったけど、その後にお店に練習しに戻ったり。自分が帰るタイミングで隣のサロンの灯りがついていたら、戻ってもう一度練習していました。
─先輩から練習するように言われていたのでしょうか?
誰にも言われないですよ。僕は、スタートの時点で自分が妥協したっていう自覚があったんです。スターサロンを見に行って「200人?こんなの入れるわけないじゃん」とビビって、挑戦すらしなかった。そんな何も持っていなかった1年目の自分が周りに勝てるのはどこだろう?と考えたら、努力する時間しかなかったんですよね。だからやっていただけです。

先輩からはむしろ、少し煙たがられていましたね。夏休みも練習したいといったら、「空気読め」って怒られたぐらい。正直、怒られた理由はいまだによくわからないです(笑)。営業前後だし、お金もなくてどこにも行けないし、家にいるくらいならウィッグやってたほうがいいと思ったんですけど、価値観の違いかな。